藤本タツキ短編集『22-26』から探る、繰り返し描く“対立構造”の原点
なお、『チェンソーマン』第1部のラストには、ナユタという同じ名前の少女が登場する。また、角の生えた少女が動物を生で食べる姿は同作に登場する魔人・パワーを思わせる。
コマ運びの巧みさでストーリーを見せる作劇手法は本作で一気に洗練されており『チェンソーマン』の原点と言えるアイデアも多数確認できる。何より、引用によって物語を紡ぐ作劇手法は『予言のナユタ』で全面開花したと言えるだろう。
たとえば、ナユタが「ゴメンナサイ」と文字を書く時、「イ」という文字が反転しているのだが、これは庵野秀明が監督したOVA(オリジナルビデオアニメーション)『トップをねらえ!』からの引用だろう。また空を舞う巨大な剣が登場する場面は、庵野が大学生時代に関わった短編アニメ『DAICON Ⅳ OPENING ANIMATION』を彷彿とさせる。庵野は影響を受けた過去作の引用によって作品の強度を深めていく映像作家だが、藤本タツキにも同じことが言える。『チェンソーマン』や『ルックバック』における他作品からの引用はとても自覚的におこなわれた批評的表現となっており、作品のテーマとリンクさせることで作品の強度を高めている。
最後の『姉の妹』は美術高校に通う姉妹の話で、作者曰く『ルックバック』の下敷きとなった話。妹が描いた姉の裸婦画が学校主催のコンクールで受賞し玄関前に張り出されるというショッキングな導入部が物議を呼んだが、今読むと映画『アマデウス』のような才能をめぐる話だとよくわかる。掲載当時は裸婦画を晒すという露悪性に引っ張られて素直に楽しめなかったが『ルックバック』を経由した上で読むと違った読後感があった。
巻末には短いあとがきが掲載されており、執筆当時の思い出が書かれている。前作の短編集でも感じたが、藤本タツキは文章も素晴らしい。どちらのあとがきも短編小説のような読み応えがあるため、この文章も必読である。