『リズムナシオン』はマツモトトモの集大成であり新境地か 読者をときめかせる魅力を考察

『リズムナシオン』はマツモトトモの集大成であり新境地か

 体と心で分けるなら、心が描かれ、心で語られていくのが少女漫画だと思う。その中にあって、心にフォーカスしながらも体を決して置き去りにしないのが、マツモトトモの作品群だ。

 初連載となった代表作『キス』からして、タイトルどおり、キスから始まる物語。16歳の女子高生・加恵が好きになるのは、大人でクールな8歳年上のピアノ講師・五嶋。ピアノ演奏自体もまたフィジカルな表現で、コミュニケーションの媒介ともなるが、加恵はまさに体当たりで自分から五嶋を迫って、その唇を奪う。

 心があるから求める。体があるから考える。そんな当たり前のことが描かれていて、それでいてスタイリッシュなムードもコミカルなモードもあるのがマツモトトモの作品の魅力だ。美形のキャラクターたちで見せる、オンビートなカッコ良さとオフビートの笑い。絵柄にしろユーモアにしろ、題材にしろキャラクターにしろ、センスがきらりと光る。

淡々としていながらしみじみ熱く面白い

 そんなマツモトトモの最新作『リズムナシオン』(白泉社)で描かれるのは、ダンス。過去作『23:00』でも、男嫌いのヒロイン・緑が同級生・比嘉の意外な魅力に気づいていくモチーフにダンスを扱っているが、今作の主人公はどこからどう見てもダンスとは無縁な詰襟短髪で、いわゆる“陰キャ”の純朴男子高校生! これまで剣道一筋ではあるが、それ以外はのんきに生きてきた、16歳の高校生・風太。そんな彼が、“J(ジョーカー)”と名乗る得体の知れない怪しい青年にロックオンされて、ダンスの世界に引き込まれていくというのがその物語だ。ダンスの魅力はもちろん、一癖も才能もありながら不器用なキャラクターたちの魅力が詰まっている。

 風太が引き合わされるのは、“K(キング)”と“Q(クイーン)”と呼ばれるふたりの男。彼らのパフォーマンスに、ダンスはよく分からない風太でさえ魅せられてしまう。実は“K”も“Q”も「天才と変態のハイブリッド」の“J”に無理やり引き込まれた口だが、ダンスを離れた場ではまったく違う顔を持つ彼らにも、踊らずにはいられない理由がある。

 なるほどと思わされたのが、こんなセリフ。“J”に言われて初級ステップを学ぶ風太が、“Q”に彼の専門であるPOP(ポップ)の動きを聞きにいく場面でのやりとりだ。「ポップって何ですか? ヒャッハー!って感じの動きですか?」と、不安げにたずねる風太。「人前で踊らないタイプの日本人」を自認する風太にとって、いかにもパリピな響きのポップに対して不安しかない。それを受けて“Q”は、淡々と的確にこう語る。「いや むしろ逆 こうして筋肉を瞬間的にポン!と弾いて ロボットのように無機質な質感を作るんだ ノリよりも 正確なボディコントロールが物を言う」。

 ダンス漫画としての面白さもここから伝わるかもしれないが、何より納得したのが、この説明がマツモトトモ作品の面白さにも掛かっている点。ヒャッハーなノリで押していくのではなく、無機質で正確。淡々としていながらしみじみ熱く面白い。それなのになのか、それだけになのか味わい深くて、“Q”のお手本のダンスを目の前にした風太のように魅了される。さまざまな仕掛けも施されているのが本作だ。第1話からして謎が謎のまま何の前置きもなくレッスン場の描写からいきなり始まり、洒脱にしてスリリングでまるで海外映画のよう。その中で“J”が繰り出す思わせぶりなセリフもマツモトトモらしいと付け加えておく。彼らの背景は、ぜひ作品を実際に読んで確かめていただきたい。

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