町田そのこ『星を掬う』の主眼は、母娘の関係やDVの問題を突きつけることではないーー人間関係が織りなす、豊かな物語

町田そのこ『星を掬う』レビュー

 「さざめきハイツ」の住人は、みな親子関係に何かしらの傷を抱えている。介護福祉士として働きながら、家事全般を請け負う彩子は、母親失格として娘に捨てられた過去をもつ。そしてモデルのように美しく、美容室でスタイリストとして働く恵真は両親を知らずに育ち、高校時代に出会った聖子を親代わりに慕っている。

 なかでも芹沢恵真は、千鶴とは対照的な人物として設定されている。恵真は容姿に恵まれており、千鶴はそんな彼女の表面だけを見て、美しいから無条件で愛され、何もかも持っている恵まれた人だと判断する。 

 だが恵真は家庭に恵まれず、他にも辛い過去を抱えている。それでも彼女は、決して自身の苦しみを決して他人のせいにはしない。それどころか、「ママ」の娘だからと、千鶴にも手を差し伸べ、彼女の僻みや怒りを受け止める度量を持つ。恵真がみせる本質的な優しさや美しい精神性には、町田そのこが作家を目指すきっかけとなり、今もなお敬愛の念を捧げる作家の故・氷室冴子の小説のキャラクターにも通じるものを感じた。『星を掬う』の中で、個人的に一番心を惹かれた登場人物が、この恵真だった。

 作中には、町田の代表作『52ヘルツのクジラたち』を連想する描写がささやかに織り込まれた箇所もある。そんなさりげない演出もまた、心をなごませてくれるだろう。

 『星を掬う』には、母と娘の関係や、ドメスティックバイオレンス、介護問題、女性同士の共同生活など、今の社会に生きる我々にとっても切実なトピックが描かれている。といっても、こうした今日的な諸問題を突きつけることが本作の主眼ではない。何より彼女たちの人間関係が織りなす、豊かな物語や作品世界こそが、読者の心を打つのだ。

■書籍情報
『星を掬う』
町田そのこ 著
初版刊行日:2021/10/18
判型:四六判
ページ数:336ページ
定価:1760円(10%税込)
中央公論新社サイト:https://www.chuko.co.jp/tanko/2021/10/005473.html

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