千葉雅也×宮台真司が語る、性愛と偶然性 「そこで経験する否定性を織り込んで生きていく」
加速主義は厨二病的か?
宮台:今日、千葉さんと初めてお会いして驚いたのは、小説は二冊とも夕暮れ時のようなメランコリックな感覚が満ちているんだけれど、実際はとても明るいイメージの方ですよね。
千葉:明るいですよ、根本が明るいです(笑)。
宮台:僕よりも明るい感じがします。千葉さんはなぜ明るいのでしょう?
千葉:たぶん、小説で描いているようなビート的な性を、すごく明るい経験として捉えているんです。ゲイの当事者の方が『マジックミラー』を読んで、「あの頃は毎日、ああいう汚い世界に通って、世界なんかぶっ壊れてしまえと思っていた」なんて感想を書いているのも見かけたんですが、僕にはそういう感覚になる意味がわからない。なぜハッテン場に通うことが、「世界なんてぶっ壊れてしまえ」みたいな男の子的で幼稚なハルマゲドン欲望に結びつくんだろうと。宮台さんの分類で言えば、僕はむしろ「まったり」で、なんの屈託もなくまったり体をぶつけ合ったら良いじゃないかと思っているし、そこにマイノリティの強さがある。だから反省する必要もない。
宮台:「世界なんてぶっ壊れてしまえ」みたいな感覚は、僕にはずっと一貫してあって、だからすごく加速主義と親和性があるんです。加速主義には右系、左系があるけれど、そういう差異を無化するような共通性があって、要はすべてぶっ壊れてしまえみたいな感じです。この感覚は、確かに厨二病的ですね(笑)。僕の師匠だった廣松渉も、「崩壊を加速させよう」みたいなことをプライベートで絶えず言っていて、「資本主義のいいところは、放っておくと加速して崩壊するところだ」と。廣松先生にとっても、それはまさに享楽で、それを僕に伝えたかったんだと思います。でも、千葉さんにはそういう厨二病的な感覚がない。
千葉:まあ、僕はあんまり加速主義には乗らないですよね。僕にはいわば、ある種の主婦的感覚があって、そこが自分の大事にしている部分であると同時に、呪っている部分でもある。食事を大事にするとか、部屋を片付けるとか、生活を丁寧に紡ぐということです。だから小説でも台所の話や食事の話が多いんですが、そこに立ち現れてくる物質性がセックスとも繋がっていて、一方で自分が母親と一体化してしまう、飲み込まれてしまうという不安とも繋がっている。そこに僕のジェンダートラブルがあるんです。トランスジェンダーではないけれど、女性的だと感じている部分はあって、たぶん僕は生まれ変わったらゲイになりたいと思っていた腐女子がついに本願を果たした姿なんじゃないのかなと。でも、普通に生物的にオスなので、そういうオス的な雑さが齟齬をきたしたりとかもする。そのあたりが僕にとっていろいろなテーマに繋がっていくんですけれど、いずれにせよ「世界を壊せ」という感覚はなくて、いかにこの世界の中で何かを作ったり、紡いだり、維持したりするかに関心があります。こういうと生活保守のように見えるかもしれないけれど、そうではなくて、生活の中にこそラディカルなものがあるんじゃないか、という立場なんです。
宮台:なるほど。日常的なものへのこだわりというと、たとえば村上春樹の小説には料理をする描写がありますよね。サンドイッチを作ったり、スパゲティを茹でたり。でも、そこにあるこだわりは、意識高い系の自意識に見えちゃう。ところが千葉さんの小説における料理の描写にはそれがなくて、その違いって、なんでしょうね。
千葉:村上春樹の場合はいわゆる男の趣味っぽいですよね。3日間ぐらい牛肉を煮込んだりとか、塩だけで食うのがうまいんだっていうのとか。僕のは普通に、小林カツ代が作るような普通のご飯でいいわけです。そこに美学的こだわりとかをもたないのが重要で、オイルだけのスパゲティがかっこいいみたいな意識は全くないわけです。
宮台:小林カツ代的、あるいは土井善晴的ということですね。要するに、村上春樹的なこだわりを一切排して「味噌汁の中になんでも入れちゃうんだよ」と。その自意識過剰ではない感じが、なんだか今っぽく感じられるし、僕はちょっと憧れてしまいます。どうすれば千葉さんみたいに明るく生きられるんだろう。どうやら千葉さんからの感染が始まっています(笑)。見習いたいのですが、そういう意識は修行によって得られたものなんですか?
千葉:なんかすごい問いですね(笑)。かっこつけたい気持ちは昔の方があったし、それが削がれていったところはあるので、その意味では多少は修行したのかもしれません。でも、もともと部屋にちょっと小物を置いて気分をよくするみたいなことは昔から好きで、それは母親の影響だと思います。父親も権威的な言い切り型の人物じゃなくて、どちらかというと交渉型の人物なので、その影響もあるかもしれません。もともと世俗性があるんですね。
宮台:そうなると、千葉さんの部屋は整頓されている感じなんですね、どちらかというと。
千葉:ほどほどですよ(笑)。整頓しきっちゃうのもあれだから、「まあこれぐらいでいいか」ぐらいの整頓です。
宮台:僕の部屋はめちゃくちゃなんですよ。何がどこにあるかわからない。僕の部屋に昇る階段にもいろんな本や袋が置いてあって、まあなんとか歩けていますけれど、もうめちゃくちゃで、家人に迷惑もかけています。だから、千葉さんがうまく獲得されている「程よさ」には憧れるし、今ちょっとした劣等感を感じています。
千葉:まさか宮台さんからそんな言葉を引き出してしまうなんて(笑)。