『86』『ヴィヴィ』『ユア・フォルマ』……ラノベ界で“AI”テーマの良作続々
特定の人種や民族が差別され、抑圧されて絶滅の縁にあるという、人類史の上でたびたび起こってきた事態と、人類が作り出したAI(人工知能)が暴走して、人類を殺戮し始めるという近未来に起こるかも知れない事態。そのふたつが同時進行している戦場で、少年少女が絶望に喘ぎながら戦い続ける物語が、安里アサトのライトノベル『86―エイティシックス―』シリーズだ。
第23回電撃小説大賞で《大賞》を獲得し、2017年2月に刊行が始まった本作は、2021年6月10日に最新刊の『86―エイティシックス―Ep.10 ―フラグメンタル・ネオテニー』が登場。Rakutenブックスの週間ライトノベルランキング(6月7日~6月13日)で4位に入って、シリーズ累計130万部という人気ぶりの一端を見せている。始まるなり『このライトノベルがすごい!2018年版』で新作部門1位、文庫部門2位と熱い支持を集めたシリーズだが、2021年4月からテレビアニメがスタートしたことによって、さらに知名度を広げた様子だ。
参考:Rakutenブックスのライトノベル週間ランキング(2021年6月7日~13日)
最前線で戦うクールな少年と、後方から指示を出すエリート軍人の美少女との、立場や身分を超えたラブロマンス? そう匂わせておいて、激しい差別や残酷な死の描写を、これでもかとぶつけてくる展開に驚いた人も多いだろう。
とにかく苛烈なストーリーだ。9年前、隣国のギアーデ帝国によって開発された自立無人戦闘機械〈レギオン〉に襲撃されたサンマグノリア共和国では、有色人種の人権を奪って収容所へと送り徴用しては、貧弱な兵器に乗せて〈レギオン〉の相手をさせる挙に出た。9年が経って親の世代も青年の世代も皆戦死。今は少年少女たちが徴用されて〈ジャガーノート〉と呼ばれる兵器に乗り込み、押し寄せる帝国の〈レギオン〉と戦っていた。
そうした少年少女たちに、共和国では後方から指揮官が、意識を共有する特殊通信で指示している。そのひとりがレーナ。たいていは差別意識にまみれて、エイティシックスと蔑視した最前線の兵士たちを家畜か消耗品のように扱っていたが、レーナだけは自分が担当する部隊の隊長・シンやその仲間たちと共感したいと願っていた。
そんな設定の『86―エイティシックス―』の第1巻を、テレビアニメでは1クールかけて丁寧に描いている。同じ4月スタートのテレビアニメ『ひげを剃る、そして女子高生を拾う。』が、しめさばによる原作ライトノベルを1クールで一気に5巻まで描ききろうとしているのと比べると、スローペースでの映像化だ。その分描写も濃くなり、出口が死しかない戦場で戦い続けるシンや仲間たちへの感情も深まって、訪れる運命に涙したくなる。
数年で老朽化して活動を停止することになると言われていた〈レギオン〉が、おぞましさすら感じさせる“進化”によって戦いを続けようとしていると分かって、恐怖は絶望へと変わる。そんな戦場で、シンが戦いへと向かい続ける理由を知り、たどりついた決着を見極めて終わることなく、物語はその後もシリーズ化されて続いていく。詳述は避けるが、小説の読者もアニメの視聴者も、人類の存亡をかけた戦いへの入り口に、ようやくたどり着いただけだと覚悟しよう。
ちなみに、最新刊の『86―エイティシックス―Ep.10』では、シンが古参兵となり「アンダーテイカー」との異名を取るようになる前、戦場へと駆り出された頃に出会ったエイティシックスの兵士たちが、シンに思いを託しながら散っていく特別編となっている。シリーズを追ってきた人は、シンが背負っているものの重さを振り返る機会に、アニメを観て第1巻を手に取った人は、人数でしか意識されない戦死者たちのそれぞれに生があって、抱いた思いがあることを改めて知るきっかけにしたい。