平庫ワカが語る、作品集『天雷様と人間のへそ』の裏テーマ 「負の感情の代替にしてほしい」

平庫ワカ『天雷様と人間のへそ』インタビュー

 2019年に『COMIC BRIDGE』で連載され(全4回)、翌年(2020年)単行本化された平庫ワカの『マイ・ブロークン・マリコ』(KADOKAWA)。連載開始直後にSNSでトレンド入りするなど、目の肥えた漫画読みたちの注目をいち早く集めた同作だが、その後も「ブロスコミックアワード2020」の大賞や、「第24回文化庁メディア芸術祭マンガ部門」の新人賞に選ばれるなど、ますます評価を高めている。

 さて、その作者・平庫ワカの貴重な初期作品を集めた『天雷様と人間のへそ―平庫ワカ初期作品集―』(KADOKAWA)が、先ごろ発売された。そこで今回の著者インタビューでは、前回のインタビュー(『マイ・ブロークン・マリコ』で注目の漫画家・平庫ワカ、初インタビュー 「この作品を描いて本当に報われた」)からおよそ1年経った現在の心境や、初期作品から『マイ・ブロークン・マリコ』にいたるまでの、平庫作品に通底するテーマである「死」や「血のつながりよりも大事なもの」について聞いた。(島田一志)

血ではなく、心でつながった「家族」を描く

――平庫さんの『マイ・ブロークン・マリコ』(以下『マリコ』)は、連載時から様々な形で注目を集めていましたが、先ごろ発表された「第24回文化庁メディア芸術祭マンガ部門」でも新人賞を受賞するなど、ますますその評価を高めています。こうしたご自身を取り巻く『マリコ』以前と以後の状況の変化を、どう受け止めていますか。

平庫:たいへんありがたいことだと思っていますが、あまり現実味がないといえばない感じです。私なんかでいいのかなっていうか……。ただ、描いたものを発表できる場を与えていただいたことはありがたいことだと思っています。少なくとも、創作と向き合う時間を多く取れるようになったのは嬉しいです。

「天雷様と人間のへそ」©平庫ワカ/KADOKAWA

――今回のインタビューでは、3月8日に発売された『天雷様と人間のへそ―平庫ワカ初期作品集―』について主にうかがいたいと思っています。まずは表題作の「天雷様と人間のへそ」ですが、これはMFコミック大賞の新人賞を受賞した作品ですね。内容は、和風ファンタジーといいますか、手習所を開いている青年がある剣豪を雇って、義母を取り戻すために超自然的な存在である「天雷様」と戦おうとする時代劇ですが、このアイデアはもともと温めていたものでしたか。

平庫:いえ、新人賞へ応募するために一(いち)から考えたものでした。当時、俳優の山田孝之さんが出ている映画を観まくっていたのですが、彼の顔を摂取するだけでなくどこかでアウトプットしないとまずんじゃないか、という強迫観念みたいなものに突然襲われまして(笑)。なので……いわれないとわからないかもしれませんが、主人公のキャラクターには、かなり私が考える山田孝之的な要素が入っていると思います。

 それと、時代劇にしたのは、『必殺仕置人』が昔から大好きで。山﨑努さんの大ファンだということもありますが、「必殺シリーズ」みたいな「なんちゃって時代劇」への憧れが強いんですよ。

――黒澤明監督の、たとえば『用心棒』や『椿三十郎』あたりの影響はありませんか。

平庫:あると思います。何しろ主人公が雇う剣豪の名前は「燕十三郎」ですから(笑)。それと、描いている時は特に意識していませんでしたが、クライマックスの戦闘シーンが雨の中でどろどろになりながらというのも、もしかしたら『七人の侍』の影響があるのかもしれません。

――とにかくその準主役の燕十三郎というキャラがいいですね。この物語は、もしかしたら、主人公の宗次郎と彼を慕う子供たちだけでも成立するのかもしれませんが、そこにあえて、ああいうトリックスター的なアウトローを放り込んだ意図を教えてください。

平庫:彼については、とにかくああいう侍を描きたかった、としか答えようがありません(笑)。『マリコ』の時もそうでしたが、私の場合、あまり事前にいろいろ細かいことを考えてからキャラを描き始めないことが多いんですよ。

 ただ、宗次郎も子供たちもある意味では頭に血がのぼっている状況で、燕十三郎だけが冷静な視点で物事(ものごと)を見ているので、彼のおかげで物語のバランスがとれたような気がします。そういう意味ではかなり重要なキャラで、本来、トリックスターというのは世界の均衡を崩すキャラなんだと思いますが、この作品の場合は、彼がいることで成り立っています。

――この作品は、簡単にいってしまえば、血のつながりよりも心のつながりのほうが大事だというようなことを描いているのだと思いますが、それは『マリコ』のテーマにも通じるものですよね。こうした感覚は、平庫さんの中で昔からあるものですか。

平庫:ステレオタイプ的な「血縁至上主義」みたいなものは、本当は危うい価値観なんじゃないかということはずっと思っていました。以前から、血のつながった親や兄弟(姉妹)よりも、一緒に生活したり、長い時間行動をともにしたりする人のほうが、本当の意味での「家族」としてのつながりを持つこともあるんじゃないかという考えがありました。

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