『進撃の巨人』は“人間の争いのメカニズム”を描いたーー評論家3名が徹底考察【後編】

『進撃の巨人』評論家座談会【後編】

『進撃の巨人』のボリューム感・スピード感・終わりのタイミング

杉本:『進撃の巨人』の連載開始は2009年で、人気作品は長期連載するのが普通という風潮でした。今始まったとしたら、この一大サーガを最後まで描けなかったのかもしれないと思っています。

渡邉:私も最近その問題は結構考えるんですが……それこそ『鬼滅の刃』とかも割とあっけなく終わってしまって、「あれ?これで終わり?」みたいな消化不全感があったんですよね。でもそれは、80年代ジャンプ漫画の感覚が身に染み付いちゃっているから、私がおかしいのであって、最近の漫画が普通なのかもしれないと思いはじめて(笑)。

杉本:僕も同世代なので、その気持ちはよくわかります。

倉田:でも、考えてみたら、『あしたのジョー』は20巻、『デビルマン』に至っては、5巻で終わるんですよ。そう考えると、80年代のジャンプ漫画のように、引き伸ばす方が確かにちょっとおかしかったのかもしれません。もしかしたら、漫画作品が作家主導に戻りつつあるのではないでしょうか? 『進撃の巨人』も終盤は、編集部はむしろ「いつ終わるのか」と急かしていたそうですし。

杉本:やはりこれだけ壮大な話を書くには、それなりの分量が必要ですからね。『鬼滅の刃』も『呪術廻戦』も、もっと風呂敷を広げることができそうな気がするんだけど、あえてコンパクトにまとめている印象を受けます。

倉田:漫画の寿命が伸びているということもあるかもしれないですね。特にストーリーものは、その場しのぎで話を続けていくと齟齬が出たり、展開がだらけてしまい、全体の完成度を損ねてしまう。最近漫画は、通常の単行本だけでなく文庫や愛蔵版など、形態を変えて出す機会が何度もありますが、そこで売れるのはやはり完成度の高い漫画です。継ぎ足しでやって破綻してしまった漫画は、完結してしまうともう売れなくなったりするということもありますから。

杉本:二次利用しにくいということですよね。

倉田:そうですね。長く残る漫画にはなりにくいという事ですね。

杉本:なるほど。そういう意味において『進撃の巨人』は非常に全体が美しく構成されているので、末永く残る漫画の古典になりそうなポテンシャルのある作品ですよね。

渡邉:非常に密度が高い漫画だし、やっぱり2010年代という時代を反映している物語でもありますからその通りだと思います。

改めて連載を振り返る

杉本:『進撃の巨人』は、人間が争いを止められない、そのメカニズムをちゃんと描いている作品だと思います。「あらゆる戦争は防衛のために行われる」と言った人がかつていましたが、この作品の登場人物の誰もが、仲間や国を守るために戦っているだけなんです。仲間を守らないといけないので相手を殺してしまう。すると殺された相手も、仲間を守るために殺し返す。この繰り返しが人類の歴史なのだとすれば、『進撃の巨人』が描いているものは、人類の歴史そのものです。それくらい大きなものに挑んだ諫山先生が最後にどんな結論を出すのか、非常に楽しみです。

倉田:私からは簡潔に(笑)。あと1話で終わりますが、未読の方でもまだ間に合うので、みんな一緒にリアルタイムでこの壮大な作品の終わりを見届けましょう! 多分、漫画史に残る体験ができると思います。

渡邉:『進撃の巨人』はすごく緻密な世界観の中で、いろいろな話が展開されるという壮大な作品です。ここで詳細に解説することは難しいですが、これはマーベル映画をはじめ、Netflixなど今のデジタルコンテンツ時代特有のストーリーテリングの作り方とすごくフィットするような作品と言えます(ご関心ある方は都留泰作さんの『<面白さ>の研究』などをお読みください)。あと、この作品は「巨人が人を食う話」じゃないですか。巨人は人間に似ているんだけど(なおかつその正体は実際に人間だったわけですけど)、一方でコミュニケーションできない異物です。いま人工知能やドローンなど、そういったノンヒューマン・エージェンシーと人間とのコミュニケーションの可能性が問題になる時代になってきていて、この作品はそういったテーマとの関連もあります。例えば、現代の著名な人類学者エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロはそういう機械や動物が人間の領域を脅かしたり干渉しあったりする状況を「捕食」や「食人」というキーワードで考察していますが(『食人の形而上学』)、まさに『進撃』をそういう「食人」の物語として解釈することもできるでしょう。これも諫山先生の天才がなせる技だと思います。やはり2010年代を代表する、象徴する物語として、今後も読まれていくと思いますし、ちょうど同じく時代を象徴する作品で、比較されることも少なくない『エヴァ』の完結と時期的に重なったのも運命的なものを感じます。倉田さんもおっしゃったように、みんなで結末を見届けたいですね。僕も最終回が一体どうなるのか楽しみです。

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