寡作の鬼才漫画家・多田由美ーー長編『レッド・ベルベット』のアメリカン・ニューシネマ的センスを考察
ただし、この『レッド・ベルベット』には、『俺たちに明日はない』や『イージー・ライダー』といった伝説の映画群とは異なる点がひとつだけある。それは、(繰り返しになるが)本作のラストの「明るさ」だ。周知のように、アメリカン・ニューシネマのラストは、主人公の死や絶望で終わることが多く(あのハッピー・エンドに見える『卒業』でさえも、主人公の険しい表情で幕を閉じる)、その点だけは、『レッド・ベルベット』には当てはまらないといっていい。だが、場合によっては、アールとランディが離ればなれになるような、あるいは、どちらかが命を落とすような、アメリカン・ニューシネマ的な暗いラストもありえたかもしれない。
それがそうなっていないのは、ひとえに、作者が常に人と人とのつながりに温かい眼差しを向けているからにほかならない。それは、1・2巻の「あとがき」で赤裸々に書かれている、実の両親への複雑な想いを読んでもよくわかるし、なぜ、遠い異国の街を舞台にした物語でありながら、彼女の作品が80年代からいまにいたるまで、日本の目の肥えた漫画読みたちの胸を打ち続けているのかを考えてみても、わかることだろう。
最後に――蛇足ながら一応書いておくが、多田由美が本作のラストで描いたのは、読み手の心をそっと包み込むような、どこか優しい「希望」の光であった。
■島田一志……1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。https://twitter.com/kazzshi69
■書籍情報
『レッド・ベルベット』全3巻完結
著者:多田由美
出版社:講談社