『dancyu』編集長・植野広生が語る、“食の雑誌”を作り続ける理由 「世の中の食いしん坊を笑顔にすることが役割」

『dancyu』編集長が語る、食の原点回帰

雑誌が売れなくなった理由

――出版業界は縮小し続けているなかで、食を楽しむというコンセプトがしっかりあることが、『dancyu』の強みでもあるんでしょうか。

植野:こういうことを言うといろいろな人に怒られるかもしれませんが、なんで雑誌が売れないかといったらつまんないからなんですよ。『鬼滅の刃』や『ONE PIECE』はめちゃくちゃ売れている。それは面白いから、ファンがついているから売れるんです。うちの反省も含めて言うと、みんなけっこうまとまっていて、雑誌としての面白みがちょっと欠けてるかなと思っています。

 『dancyu』のスタッフには「もっとぶっ飛んで欲しい」と言ってます。みんなが同じ方向さえ向いてたらいいので、特に若い人なんてどんどんぶっ飛んで、僕が驚くぐらいのことをやってほしいです。テーマを外さなければ何をやってもいいし、そのためだったらどんな人とも会える。この雑誌編集者としての最大限の面白みを活かせていないんじゃないかと思うんですよね。

 今言ったことをできてるわけではないですが、『dancyu』は食いしん坊雑誌だというコンセプトが、レシピとかも含めてより現実的に今の世の中の食が好きな人にハマってるんだろうなと思います。そのベースにあるのは食いしん坊の気持ちやサイコロジカルラインです。だから、予約がとれない店、行列ができる店というのはほぼやらないですし、対価として考えて不当に高い店もやりません。そういう店は話題にはなるけど、ごく一部の人しか参加できない。『dancyu』が目指しているのはみんなが参加できるところ、食いしん坊全員参加型です。そうすることで読者がファンになってくれると思っています。

これからを担う編集者には何が必要か

――なるほど。ところで、スタッフ以外の方も含め、若い編集者の方達に求めることがあるとしたら、どのようなことでしょうか。

植野:とにかく編集技術よりも好奇心を磨いてほしいです。やはり編集者が多彩なる好奇心を持っていないと、なかなか読者に対して魅力を伝えることはできません。そのうえで常に「なぜ」という探究する感覚を持つことですよね。これは食の雑誌にかかわらず、「なぜ」と思ってそれをちゃんと聞いたり調べたりすることが絶対必要だと思っています。

 好奇心に「なぜ」が加わることで独りよがりで終わらず、読者との共有ができます。とはいえ、当たり前のことはみんな「ふーん」で終わってついてきません。そうではなくて「あ、言われてみればそうだよね」という、その感覚がすごく微妙なんです。僕は1mm下の共有感と言っています。深すぎると「うーん、うーん、あ、そっか」とワンクッション、ツークッション出てしまうけど、1mmの薄皮の下ぐらいの潜在意識を掘り起こせれば「ああ、そうだね、ふだん思ってないけど言われてみたらそうだよね」となる。そこをいかに感覚として持つかは編集者としてすごく重要なことだと思っています。これができればたぶん何をやっても、どんな媒体でも面白いものができると思いますよ。僕もウェブの世界も見るようになったので、紙にしろウェブにしろ編集力を高めて、アホかって思われるぐらい雑多で爆発的に面白いことをみんなでやっていくと、メディアの世界が楽しくなってくると思っています。

2021年、『dancyu』はどうなる?

――『dancyu』も紙だけでなくウェブも展開されていますが、両者の住み分けは、どういうところを意識されてるのでしょうか。

撮影:今津聡子

植野:住み分けというよりは、別冊ムックなども絡めていろいろなリンクをしようと思っています。それぞれ別の媒体として存在しつつ、いろいろなものがリンクすることで「本だけではなくて『dancyu』のプロジェクト全体がなんか面白いね」とファンがついてくれる形が理想です。ですから、今後は、紙もウェブもリアルイベントも全部含めて、『dancyu』という世界のコンセプトをいっそう明確にして、ファンが集まるようにしたいですね。

――今後の話では、2021年はこうやりたいと決まっていることやこうなるだろうと考えていることはありますか。

植野:こういう大変な時期で、食の雑誌、媒体として何ができるかなと僕なりに考えたこともあるんですが、結局、今までやってきたことを続ければいいという結論なんですよね。『dancyu』は今日お話ししてきたように、何か難しいことや流行に左右されることなく、今何がおいしくて楽しいかということをずっと追って、それを提案してきました。だから、コロナに関係なく、同じことを続けるしかない。世の中の食いしん坊達を笑顔にすることが役割というか、ちょっとでも力になれればいいなと思っています。

 また、コロナで不自由な思いをしたり、自由に飲み食いできなくなったりしたことで、本来の外食の楽しさや料理を作る面白さに気づきはじめた人が多いのではないのでしょうか。僕らだけでなくお店もそうかもしれないですけども、いい意味でシンプルに原点へ戻るような動きになるのではないかと思っています。

■書籍情報
『dancyu』2021年3月号
特集:日本酒2021
出版社:プレジデント社
発売日:発売中
定価:980円(税込)
サイトURL:https://dancyu.jp/read/2021_00004201.html

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