『dancyu』編集長・植野広生が語る、“食の雑誌”を作り続ける理由 「世の中の食いしん坊を笑顔にすることが役割」

『dancyu』編集長が語る、食の原点回帰

紙媒体は特にプロがプロの仕事をしなければならない

――昨年来、飲食業界はコロナ禍の影響を大きく受けています。お店紹介をはじめ、誌面作りでも影響は出ているんでしょうか。

植野:かなり出ています。去年の春に肉料理の特集(7月号)をやったときは取材ができないので、半ば開き直りもあってほぼ1冊リモートで作りました。料理研究家の方にご自分で写真を撮っていただいたり、料理上手のカメラマンに料理作ってもらったりしたんです。ただ、これは僕としてはいちばんやりたくない手法でした。紙の媒体は他と比べ、よりプロがプロの仕事をしないと成り立たないと思っています。たとえばカメラマンだけでも和食が得意な方、洋食が得意な方、フレンチが得意な方などがいて、そういったプロ中のプロにプロの仕事をしてもらっています。でも、ステイホームでそれができなかった。雑誌の存在意義にも関わってくるようなことで、僕自身も改めて、紙媒体や仕事のあり方、編集者としてどう向かい合うべきかなど、いろいろ考えさせられましたね。

――苦肉の策だったんですね。普段の『dancyu』を読んでいると、とにかく写真も文章もおいしそうで、「食べたい!」という感覚になります。撮影でカメラマンに「これだけは守って」とお願いしていることはあるんでしょうか。

植野:カメラマンさんの場合は、きれいな写真より美味しい写真をということですね。思わず手が伸びる、食べたくなる、作りたくなるような写真を撮ってくださいとお願いしてます。たとえば真俯瞰で料理写真を撮ったらかっこよく見えます。でも、そこに箸とかフォークを持つ手が伸びるかといったら、伸びません。真上から食べる人はいないですから。客の目線で見たときに美味しそうに見えるかどうかが勝負なので、『dancyu』の写真は、基本目線なんです。

 あとは、これは編集者の問題でもあるんですが、リアリティを持った写真を撮るようにとも言ってます。たとえば居酒屋で飲んでいる写真を撮るときに、お酒とお皿だけあるのか、そこにお箸もあるのかで、本当に飲んでいるように伝わるかどうかは大きく変わります。さらにはそのお箸は箸置きに乗っているのか、小皿に置いてあるのか、こうした割り箸ひとつで、その店のイメージや雰囲気、飲んでる人の感じの伝わり方が違ってくるんです。

 僕の編集長としての仕事はリアリティのなさを解消していくことがけっこう多くて、違和感潰しと呼んでます。もしも載せた写真にリアリティがないと、読者に感覚で「なんか変だな」と思われます。そうなると本屋さんで手に取ってもらえても買ってもらえないんですよ。どんな仕事でもそうだと思いますが、一般の方の「なんか変」「なんか嫌」という感覚をいかに少なくするかは、売れるか売れないか、媒体として存続できるかできないかの大きな差になると思います。

――写真が語ることは決して少なくないんですね。ライターにはどのような要望をされてるんでしょうか。

植野:お店紹介だったら、ネットを見れば書けるような原稿ではなく、その店で実際に飲み食いをしないとわからないことを書いてほしいと常に思っています。うちは記事のためにいろいろな情報を集めていますが、どんなに信頼のおける方からの情報でも、必ずスタッフやライターさんと一緒に食べにいきます。読者である食いしん坊が実際に食事にいったときにどういうふうに楽しめるかという体験してくるわけです。

 だから、どういう雰囲気だったか、どういう味わいだった、どういう楽しみ方をしたか、どういう説明を受けたか、具体的な情報を書いてほしい。もっと言うと「友達同士でワイワイ行くのに合っている」「上京してきた親御さんを連れて行くと喜んでもらえる」といった具体的なイメージやシチュエーションまできちんと伝えてほしいんです。

プロから教わるレシピは翻訳が重要

――レシピはプロから教わったものをちゃんと家庭でできるように編集されているそうですが、料理をしない読者もいれば、毎日料理を作る読者も多くいらっしゃいますよね。どのあたりのレベルに向けて、レシピを編集されてるんでしょうか。

植野:統一の基準とか初心者向け、上級者向けというのはまったく考えていないんです。編集として意識している『dancyu』のターゲットは食のアクティブ層です。記事を読んで、店紹介だったらその店に行く人や行こうと思う人、レシピだったら作る人、作ろうと思う人たちです。それはテーマや内容によってもかなり変わるので、毎回、このテーマだったらこのあたりに食のアクティブ層がいるなと考えるところにきちんと当てようと思っています。

 レシピはこの食のアクティブ層、作ろうという興味のある人だったら誰でもできるようなものにしています。一般の方が絶対にできないものは載せないのが基準といえば基準ですね。かといって、完全に初心者用の誰でもできるものまで噛み砕くと、なんのためにプロに教わってるのかわからなくなる。プロに教わるのは、そこにプロならではの知恵とかコツとかノウハウがあるからです。そこをきちんとどう汲み取って翻訳するかが問題で、内容によってはコツとかポイントだけをしっかり紹介することもあります。あるいはプロの使う食材や出汁の取り方を載せたうえで、一般の方ができて、近い味に仕上げられる方法を書き添えることもあります。

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