『チ。』作者・魚豊が語る、“主観的な熱中”の尊さと危うさ 「気持ちに逆らえない人たちの姿を描きたい」
いま、目利きの漫画読みたちの間で話題になっている衝撃的な作品がある。『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)にて連載中の『チ。―地球の運動について―』(魚豊・作)だ。舞台は異端思想が過激に弾圧されていた中世ヨーロッパ、第1集の主人公・ラファウは、“合理性”に従って生きている天才児だが、本来学ぶべき神学よりも天文の研究に惹かれている。そして、ある時、この世界を動かしている美しい“真理”を知ってしまい……。
「地動説」をテーマに、己の信念に嘘をつくことができない人々の姿を描いた同作は、間違いなく2021年を代表する漫画のひとつになるだろう。そこで今回のインタビューでは、この『チ。』の作者に、デビューまでの経緯や、物語やキャラクターに込めた想いなどを熱く語っていただいた。(島田一志)
「個人と世界」がテーマの物語に惹かれる
――魚豊先生は、もともと漫画家志望でしたか。
魚豊:はい、小さい頃から絵を描くことが好きだったので、将来は漫画家になれたらいいなと漠然と思ってはいました。ただ、どうやったら漫画家になれるのか、具体的な方法がわからなくて困っていたのですが、中1の時に偶然観た『バクマン。』のアニメがすべてを教えてくれました(笑)。まずは持ち込みや投稿をして、担当さんがついてくれて、読切を何作か描いたのちに連載へ……という一連の流れですね。それで、中1の頃から本格的に漫画の投稿を始めました。年に1〜2作は描いていたと思います。
――どういうジャンルの漫画を描いていましたか。
魚豊:かなり出来の悪いギャグ漫画を(笑)。ネームも描かずにぶっつけ本番で描いてました。しかも、漫画用の原稿用紙があるなんてことは知りませんでしたから、作文を書くB4原稿用紙の裏に描いてました(笑)。
――描いていたのは不条理系のギャグですか。
魚豊:不条理といえば不条理なんでしょうけど、具体的にいえば、すごくどうでもいいことを真剣にやるキャラの話をよく描いていました。福本伸行先生の『(賭博黙示録)カイジ』が昔から好きなんですけど、あのノリをストーリー漫画でなくギャグに活かせないかと考えまして。たとえば、引っ越しの際の隣人への挨拶を延々と悩む主人公の話とか(笑)。いまでもギャグ漫画への憧れはあります。『魁!!クロマティ高校』みたいな漫画は本当に凄いと思います。
――映画や小説など、漫画以外の表現ジャンルで影響を受けたものはありますか。
魚豊:映画です。漫画を読むよりも映画を観ることのほうが多いと思います。『インターステラー』、『第9地区』、『セッション』、『桐島、部活やめるってよ』……。ジャンルを問わず観ますが、強いていえば「個人と世界」がテーマになっているような物語が好きかもしれません。ただの一個人がある日突然、世界そのものと関係するような物語に惹かれます。また、それとは別に、クエンティン・タランティーノ監督の映画は全部大好きです。会話劇が多いところにも惹かれますし、登場人物たちが妙に理屈っぽかったりするのも楽しくて。そういうところは目指せたらなと思っています。最初にいったように僕は昔から絵を描くことが好きなんですけど、同様に、漫画においてセリフもとても重要だとも思うので。
担当編集者がついてデビュー
――学生時代の投稿はうまくいきましたか。
魚豊:中学時代はずっとダメだったんですけど、高1の終わり頃に描いたギャグ漫画が某少年誌の月例賞の最終選考に残り、担当さんがついてくれました。これでようやく『バクマン。』の世界に一歩足を踏み入れたぞと思いながら、高2の時に新しく描いた作品を持ってその編集さんに会いに行ったら、あまり良い反応がなくて……。高校生でしたのでそれで結構落ち込みました(笑)。本当はそこで「なにくそ! 認めさせる!」とか思って頑張るべきなんでしょうけど、僕はもともと被害妄想ぎみなので、「ああ、この人とはもう一生やれないな……」と(笑)。
――それで『マガジン』へ?
魚豊:ええ。我ながら安直だとは思いますが、その少年誌がダメなら、じゃあ次へって感じで『マガジン』に投稿しました。「全校集会で体育館の硬い床に長時間座っても、お尻が痛くならないためにはどうすればいいか?」みたいな話を描いて送ったのですが、なんの賞にも引っかかりませんでしたね。でも、そこで担当についてくれた編集さんがいて、その方から「セリフはいいところがあるから、一度ストーリー漫画を描いてみたら?」というアドバイスをいただいて、結果的に、そうやって描いたストーリー漫画が、月例賞の佳作をとって、初めて自分の作品がネットに掲載されました。
――『ひゃくえむ。』はその流れで?
魚豊:そうですね。