『逃げ恥』海野つなみが語る、現実の“曖昧さ” 「2人は子どもがいない夫婦になる選択肢もあった」

『逃げ恥』海野つなみが語る、“曖昧さ”

 2016年に連続ドラマで放送され、「恋ダンス」が社会現象となるほど人気を集めたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系※以下、『逃げ恥』)。ファン待望の続編となる新春スペシャルドラマが1月2日に放送され、日本中を再び沸かせた。

 サブタイトルに「ガンバレ人類!」とついた本作は、原作漫画のストーリーに沿って、みくり(新垣結衣)と平匡(星野源)がママとパパに。出産、育児に伴う夫婦や会社、社会に対して様々な気づき、違和感を顕在化させ、お正月から日本中を「異論!反論!オブジェクション!!」状態へと誘う。

 さらに、ドラマオリジナルの展開として2020年の混乱も描かれ、変わりゆく社会に懸命に適応していく登場人物たちの姿が多くの人の心を打った。まだまだ混乱の続く2021年だが、明るく生きていこうという前向きな気持ちを貰える作品となったのではないだろうか。

 連続ドラマの最終回同様に『逃げ恥』ロスが叫ばれる中、今回は原作を手掛けた海野つなみ先生にインタビューを実施。スペシャルドラマが制作されるまでの背景、改めて『逃げ恥』に対する想いについて聞いた。(佐藤結衣)

映像化を見据えて描かれた、みくり&平匡の出産

――今回のスペシャルドラマは、原作漫画の10、11巻がベースになっていましたが、コミックのあとがきを改めて見てみると、脚本家の野木亜紀子さんの後押しがあったと書かれていましたね。

海野つなみ(以下、海野):実は、最初の連載が終わったあとに、TBSさんから「いつか続編をやりたいと思っている」というお話をいただいていたんです。もうドラマチームのみなさんのことを信頼していましたし「どうぞどうぞ、お好きにやってください」とお任せの気持ちでいたんですけれど、「原作も続きを描いてみては?」という流れになりまして。ドラマと原作で終わり方も異なっていましたし、辻褄が合わなくなってしまう部分もあるからどうしたもんかと思っていました。そのとき、野木さんと個人的にランチをする機会がありまして。「実はこんなことになってて。もう小説で書いたほうがいいかと考えてるんです」って話したら、「海野先生に小説求めてないですから! やっぱりみんな漫画が読みたいはずですよ」って(笑)。「そうよねー」って描き始めたのが、10巻以降です。

――それはまたバッサリと(笑)。

海野:「辻褄が合っていない部分は、任せてくれたら私がなんとでもするから」と言われて。そこで続編を描く覚悟が決まったんです。

――しびれるセリフですね。では、最初から映像化を視野に入れていたということでしょうか?

海野:そうです。当初はいろいろな計画もあって、最初の妄想シーンがミュージカルなんですよ。『ラ・ラ・ランド』のテンテンテンテテン(「Another day of sun」のイントロの鼻歌)って、ドラムみたいなのを叩く感じで、チャラン・ポ・ランタンが出てきて、源さんが歌って、ガッキーが踊って……っていう演出まで考えて描きました(笑)。

――それはぜひ見たかったです!

海野:ふふふ。なので、最初から長く連載するつもりはなかったんです。じゃあ、どの程度描こうかと考えていたとき、TBSの方から「子どもを抱いたビジュアルはありですか」という声をいただいて。ならば、妊娠してから生まれるまでの1年間を追っていく形にしていくことになりました。そこでいろんな諸問題を描けるし、と。でも、迷うところもあって……。

――どのようなところでしょうか?

海野:みくりちゃんと平匡さんは、子どもがいない夫婦になる選択肢もあるかなと思ったんです。もともと前の連載ではそこまで決めていなかったので。それこそいろんな形があってもいいよなと。

――たしかに、あの2人ならいろいろな可能性を感じます。

海野:一方で結婚後の生活ってなると、本当にそれぞれになってしまうので、逆に出産という大きなイベントをメインテーマにすることで、より多くの人が共通して感じているものを描けるのではないかと思いました。

――原作はコロナ禍直前で完結していますが、今回のスペシャルドラマではその部分がオリジナルで描かれていましたね。

海野:社会の状況を考慮して、スペシャルドラマでいこうということになったとき、「今の状況を入れてほしい」と私からお願いしました。ドラマはリアルタイムで見ている人が多いですし、私自身あと半年連載の予定が長かったら、きっとコロナ禍のエピソードは描いていたと思いまして。

――そうだったんですね。具体的な話の流れは一緒に考えられたのでしょうか?

海野:いえ、もともと最初のドラマ化のときからお任せしていたので。野木さんをはじめ、みなさんを信頼して作品ができあがるのを楽しみにしていました。

未知の世界への理解が、漫画で少しでも広がってくれたら

――海野先生は結末を確定せずにストーリーを描き、時にはご自身でも驚くような展開になっていくことがあるとお聞きしましたが、今回の続編でもそうした場面はありましたか?

海野:もう少し平匡さんに女性の影というか、結構魅力的だっていう人が多いので、作品の中でもそれを反映しておきたいなと考えていましたが、思っていたよりもそっちに話が転がらなくて……その代わりに同僚の北見くんの非モテっぷりにスポットライトが当たる結果になったのは、自分でも予想外でした。

――男性間のマッチョなコミュニケーションを嫌悪しながらも、一番その「男とはこう」というものにこだわっている部分が「いるいる!」と思いました。

海野:「男の呪い」は続編で描きたかったテーマの一つでしたが、やっぱり結婚するまでの間に、平匡さんの呪いは徐々に解けていったんですよね。そういう意味では、平匡さんよりも現在進行形で男の呪いを背負っているのが北見くんでした。連載当初の百合ちゃんと同じで、最初はそんなに注目を集めるキャラクターとは思っていたかったんですけど、最終的に彼が男の闇部分を背負って沼田会に乗り込むっていう展開になってしまいました。

――北見くんのキャラクターは、どなたかモデルになった方や聞いたエピソードなどはあったのでしょうか?

海野:特定の誰かというモデルはいませんが、いろいろと取材をしたり、ネットでの話を集めていくうちに出来上がっていきました。ハッピーエンドよりもリアルな物語を期待している読者の方には、北見くんの話が一番共感できるという声もありましたね。

――みくりちゃんと百合ちゃんの間の世代である、雨山さんの存在もとても興味深く思いました。

海野:やっぱりみくりちゃんや百合ちゃんのように強くはなれない人も、ちゃんと描いておかないとと思ったんです。ハラスメントのようなことを言われても「ハハハッ」って言うしかない状況にいる人、結婚したいけれど自分をどう持っていけばいいのかわからない人。

――出産までのタイムリミットが近づいている焦りを感じている中で、平匡さんの魅力に気づくも既婚者……という流れは絶妙でした。

海野:平匡さんは、みくりとの出会いを通じて女性としゃべることに抵抗がなくなっていきましたからね。それに独身のときは「今のってもしかして意味深?」「恋愛が始まるかも?」という自意識過剰に陥りがちですが、結婚してからはそういうのを抜きに同僚として接することができるので楽になっている。そこから生まれる余裕が、独身女性からはむしろ魅力的に見えるのかもしれないと思って。

――なるほど。個人的には百合ちゃんの病に心が痛くなりました。仕事に生きがいを持つ幸せを選んだ女性にとって、一番恐れている展開じゃないかと。

海野:以前、私自身が病気を患ったときに「実は私も病気持ちで」「婦人科に定期的に通ってる」……と、普段は言わないけれど、みんな情報をすごく開示して教えてくれたのが印象的で。「この年代になると、そういうのって珍しいことじゃないよ」って、言葉がすごく心強かったんですよね。だから、百合ちゃんの病気を描くことで、読者の方にも「普通によくあることだ」と心構えになったらいいなという思いがありました。

――海野先生は以前から「フィクションで疑似体験することで、現実で慌てることなく受け入れやすくなったら嬉しい」というお話をされていて、すごく印象に残っています。続編では出産や病気など、その場にならないとわからないこと、知ろうと思っていなかったことをザッとではありますが、どこか経験したような気持ちになりました。

海野:私自身も実際に経験していないのですが、描きながらすごく調べたし、いろいろな人を取材したりブログを読んだりして、本当に出産したような気持ちになりました。子どもは産んではいない方も、出産することのない男性にも、漫画を読むことによって、「こんな感じなのか」「ふーん」って少しでも理解が広がってくれたら嬉しいですね。

――今回スペシャルドラマでも描かれた百合ちゃんの同級生・伊吹さんがレズビアンであることをカミングアウトしましたね。沼田さん然り、セクシャルマイノリティと呼ばれる人たちも特別な存在ではなくて、ごく普通にいるんだと思わせてくれる描写でした。

海野:彼女を描くにあたって、実際に私の知り合いの方にレズビアンのカップルを紹介していただいて、いろいろとお話をお聞きしました。最初から同性が好きな子だけじゃなく、男の子にも女の子にも心が揺らぐ、みたいな子が同じクラスや隣の席にいるかもしれないという感覚になったので、その気持ちが崩れないように描きたいなと思いました。だいたい男と女の性自体がグラデーションというか、曖昧なものだなとか、いろいろ考えましたね。昔『Kiss』で、六花チヨ先生が描かれた『IS 〜男でも女でもない性〜』っていう作品があったんですけど。それは男性と女性の身体的特徴を両方とも持ってて、どっちにも心を揺らぐっていうお話で。実際そういう方を取材された漫画だったんですけど、私自身そうした作品を読んで、現実って曖昧だなっていう考えを持つことができたので、漫画やドラマを通じてもっと柔軟に生きられる世の中になったらいいなと思っています。

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