『逃げ恥』海野つなみ先生が語る、“ざっくり”な愛情論 「もっとゆるい感じで繋がっていていい」

『逃げ恥』海野つなみ先生が語る、“ざっくり”な愛情論 「もっとゆるい感じで繋がっていていい」

 “雇用主と従業員”の契約結婚という形で、新しい恋愛物語を描いた『逃げるは恥だが役に立つ』。2012年より連載を開始した本作は、2016年には新垣結衣・星野源主演でテレビドラマ化。世代を超えて『逃げ恥』の愛称で支持され、累計380万部を突破する大ヒット作となった。

 『逃げ恥』がこれほどまでに愛されたのは、みくりと平匡の恋物語を軸に、「こうあるべき」と世間から押し付けられた「呪い」からの“解放”が描かれていたから。登場人物1人ひとりが感じているコンプレックスを丁寧に拾い上げ、「そんな呪いからは逃げてしまえ」と背中を押す。それは、そのまま読み手の心をも解き放った。

 お互いの「呪い」を解放し合うことで愛情が芽生え、“契約結婚”から“本当の夫婦”となった、みくりと平匡。そんな大団円から約2年。続編を望む声は止むことはなく、ついに『Kiss』(講談社)2019年3月号より、再び『逃げ恥』ワールドの時計が動き出す。8月には最新刊となる10巻が、同時に『逃げるは恥だが役に立つ 公式コミックガイド』も発売された。『逃げ恥』で次に描かれるのは、どんな“新しい愛”なのか。作者のマンガ家・海野つなみ先生にじっくりと聞いた。(佐藤結衣)

「恋愛要素がないまま楽しく生活するっていうのも、ありはあり」

『逃げるは恥だが役に立つ 公式コミックガイド』

――『逃げ恥』を社会派マンガと見る方も少なくありませんがガイドブックによると、もともとの構想は“経験の少ない男性と豊富な女性の話だった”と。恋愛要素がもっと強めになる予定だったんですか?

海野つなみ(以下、海野):うーん、恋愛要素はなければないでいいし、あればあるでいいし、描きながらどうなっていくんだろう……というくらいでしたね。一緒に暮らしているのに、全然恋愛要素がないまま楽しく生活するっていうのも、ありはありじゃないですか。あんまりきっちり決めて描き進めてはいませんでした。

――そうだったんですね。ガイドブックにあったネタ帳を見ると、綿密に書き込まれていて、これは先に結末があって逆算されてストーリーが展開されているのかな、と。

海野:いえ、まったく。結構、色んなところから「この先どうなるの?」みたいなことは聞かれたんですけど。「わかりません。先のことは全くわかりません」って(笑)。実際、終わる1年ぐらい前に、ようやく自分でも見えてきたっていうか。「みくりと平匡がくっついたら絶対許さないから!」みたいに言っている方もいらっしゃって、そういう恋愛要素なしで読みたいというニーズもあるとは思うんですけどね。“すみませーん、そっちの方向になりそうなんですけど〜”みたいな(笑)。

――よくマンガ家の先生が「脳内でキャラクターが勝手にセリフを言う」みたいな話をおっしゃっているのを耳にしますが、『逃げ恥』の場合もそういう感じだったんですか?

海野:そうですね。もう平匡さんのキスシーンとかも、描いてて「えー?」みたいな(笑)。「そっちいくの? そういうキャラじゃないでしょー」ってツッコミを入れていました。でも、人間どっちを選ぶかってなったときに、絶対しないようなことをするってこと、自分たちでもあるじゃないですか。「いや、そういう人じゃないでしょ」って断ち切っちゃうんじゃなくて、そういう勢いを大事にしたいなとはいつも思っています。

「誰か描いてくれないかな」と思っていた男性側の呪い

――続編では、描ききれていなかった“男性の呪い”にフォーカスすると書かれていましたね。近年、女性側の生きづらさは声を上げる機会が増えてきたように感じていますが、一方で男性に生きづらさは、まだまだ光が当たりにくい部分があったなと気づかされました。

海野:例えば、ネットで妊娠中の相手への不満について調べてみると、奥さんから旦那さんへの不満は山のように出てくるんですけど、その逆ってすごく少なくて。奥さんと同じように、旦那さんのほうも不安だろうし、どうしていいかわからないのだろうけど、それを受け止めてくれる場がなかったり、口にできないような空気があったり……そういうのって意外と気づけないけど、たくさんあるのかと思ったんですよね。

――ましてやマンガというエンタメに昇華しているものってなかなかありませんよね。本当に新しい時代の作品になりそうだなと思いました。

海野:ただ私自身が結婚していないし、子どもを産んでいないから、実際に経験された読者のみなさんに「これおかしい」と言われないかなとか、どこまでわかるかなっていう不安ではありましたね。

――「誰か描いてくれないかなと思っていた」ともありましたが、続編を描く覚悟を決められたのは、ドラマ『逃げ恥』の脚本家・野木亜紀子先生とのランチだったと?

海野:はい。このテーマは、もう大変なのが目に見えていたし、なるべく踏み込みたくはないなとか思ったんですけど……。

――担当編集の方いわく、最初はマンガではなく小説で書かれようかと思っていたとか?

海野:そうなんです。マンガとドラマで微妙に設定が違うので、そのまま続きとして描いちゃうとどうなんだろうって感じになって。でも、野木さんが「いやいや、誰も海野先生に小説とか求めてないから」って(笑)。

「男性の生きづらさのほうが、よっぽど底が深いのかも」

――前提として、男性の方が力が強くて、社会的にも女性より優遇されてきたっていう歴史があるので、“強い立場”であるはずの男性が辛さを吐き出しにくい、ということなんでしょうか。

海野:それはあると思いますね。「お前が言うなよ」って言われちゃうというか。でも、本当に得をしているのは、ごく一部分の強い男性たちなんですよ。でも、そうではない弱い立場の男性たちは、“男なんだから得してるでしょ”という見られ方をしているのに、そんな恩恵は受けていない。女性の場合は、ある意味“みんな同じ立場から頑張ろう”というところがありますが、そういう意味では男性の生きづらさのほうがよっぽど底が深いのかもしれません。

――「男性なのに」みたいな刷り込みも社会の「呪い」かもしれませんね。

海野:そうですね。例えば、女性が派遣やパートで働くのと、男性が非正規社員として働くのでは、やっぱり社会的な印象は違ってきますもんね。仕事だけじゃなく、結婚だってそうじゃないですか? お見合いが主流の時代は、年頃になったら結婚するシステムがあったけれど、恋愛の自由化になったらやっぱりポジションが回ってこない。強い男性は何度も離婚して、若い女性と結婚を繰り返して、そうではない男性が一生相手がいないまま年齢を重ねていく……という構図にもなりますよね。

――『逃げ恥』の続編では、男性の育休取得についても描かれていますよね。「男が育休なんて」とまだ理解されていない意見があったり、理解はあっても現場の人手が不足していたり……。

海野:私もアシスタントさんを雇っていますけど、やっぱりギリギリで回すのはよくないなって思います。仕事って必ず何かあるものなので。誰かが怪我をしたり、急にパソコンが壊れたり……だから、”遊び”というか、余裕がないと、えらいことになる。それは、従業員の妊娠や子育てについても同じだと思うんです。どこも同じ人間が働いているんだから、1人2人休んで回るぐらいを常にキープしていく、くらいが一般的になればいいんですけど。

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