『鬼滅の刃』大ヒットだけじゃない! 2020年、出版業界を揺るがした5大ニュース

2020年、出版業界の5大ニュース

「出版物の総額表示義務化」(消費税込み表示義務化)問題

 これまで税別表示が許可されてきた書籍販売に関して2021年4月から実施予定の出版物総額表示義務化について多数の出版社から不満が噴出。

 これまで本は「本体価格+税」表記となっているが、これを税込み価格に統一せよ、というわけだ。

 しかし出版界は1989年の消費税導入時にカバーがすべて差し替えになったという悪夢(莫大なコストがかかり、回収できる見込みの薄い本は絶版になった)を経験していることもあり、これに猛反発。

 この法律自体は、飲食店やスーパー、家電などで店によって税抜表示と税込表示が分かられていて買う側にとってわかりづらいから税込みで統一しようという消費者利益を考慮して作られたものだが、本で「本体価格+税」と書いてあることで不利益を被る読者がどれほどいるのか、という話である。

 食品などとは異なり、本は(ものにもよるが)長い目で売っていくことを前提にした商品であり、今後も消費税が変わるたびにカバーを刷り直す(または新規にシールを貼って対応)しなければならないとなると経営的に成り立たない出版物・出版社が続出しかねない。

 これも出版物流をめぐる問題として今年注目されたものだ。

トーハン、日販が物流協業を開始――出版物流大変革が急務と公言

 取次大手のトーハンと日販が11月から雑誌返品業務の協業を実施し、順次協業の範囲を広げていくと見られている。

 出版業界紙ではトーハン、日販の経営陣から「出版物流の変革が急務」とくりかえし語られ、具体的に「2年以内」というリミットの示唆まで飛び出すようになっている。

 もともと戦後日本の出版物流は、定期刊行物かつ大量に売れる雑誌を中心にし、また、文化物であるという前提から配送コストは例外的に低く抑えられてきたが、90年代後半以降、書籍をはるかに上回る速度で雑誌市場がシュリンクし、かつてと同じビジネスモデル・料金体系では出版物流が成り立たなくなってきた。

 そこにトラックドライバーのブラック労働改善の動きやそもそもの人手不足もあいまって、配送コストをラディカルに上げ、配送頻度を減らさないと、配達を請け負う業者がいなくなってしまう、という危機的な状況にある。

 ではその配送コストを誰が負担するのか。書店はそもそも利益率がきわめて低い業態であり、不可能だ。つまり、版元が負わざるを得ない。版元はどこからそのお金を捻出するか。本の価格に転嫁するしかない。

 したがって、これまでも紙の価格高騰などに伴い本の値段は上がってきたが、向こう2、3年でさらに(場合によっては劇的に)上がる――出版業界を持続可能なものにしていくためには上昇させざるをえないことが予想される。

 そもそも日本の本の価格は欧米に比べれば印刷物としての質のわりに圧倒的に安かったが、その時代も終わりを遂げるのかもしれない(もっとそもそもを言えばゆるやかにインフレしていくのが経済としては望むべき姿であり、本の値段が上がることがよくないわけではなく、賃金が上がらない状態で本の値段だけ上がっていくからかつてよりも割高に感じて買い控えが起こってしまうという負のスパイラルが問題なわけで、根本的に解決するには経済をなんとかしないと、という話なのだが……)。

 ふだん本を買ったり読んだりするときには、本の中身のことしか考えない人も少なくないだろう。しかし、届けるしくみがあるからこそ、本の中身に触れることができる。

 破格の部数を刷った『鬼滅の刃』最終巻が発売日に無事に書店に届いたのは印刷所、取次、ドライバー、品出しする書店員等々とたくさんの人の商売を成立させるしくみがあったおかげだ。日本全国の書店で人気の本が発売日にほぼ同時に買える状態を、今後も続けていけるかどうか。正念場である。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

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