史上最多の応募総数「文藝賞」贈呈式 ラノベ出身作家と16歳の高校生が受賞
受賞作に藤原無雨(むう)『水と礫』、優秀作に新胡桃(あらたくるみ)『星に帰れよ』が決定した第57回文藝賞の贈呈式が13日、都内の明治記念館で催された。同賞は、河出書房新社主催の純文学の公募新人賞。昨年受賞した遠野遥と宇佐見りんが今年それぞれ、『破局』で芥川賞、『かか』で三島賞に選ばれたこともあり、文藝賞への注目は高まっている。初めてウェブ投稿を受け付けた今回は2360作という史上最多の応募数となり、7割はウェブ応募だったという。
今年の受賞者である藤原無雨は、兵庫県生まれ、埼玉県在住の32歳で『裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する』(2020年)というライトノベルをマライヤ・ムー名義で発表している(今井三太郎との共著)。受賞作『水と礫』は、東京で仕事中に事故を起こして故郷へ帰ったクザーノが、弟分の甲一のあとを追って砂漠へ旅立ち、ある町へたどり着く。1、2、3のパートからなるこの内容が、1、2、3、1、2、3と内容にズレを生じながら繰り返され、やがてクザーノの父ラモン、祖父ホヨーへ、息子コイーバ、孫ロメオへと物語の時間軸を延ばしていく作品だ。
一方、優秀作の新胡桃は、大阪府生まれで現在16歳の高校2年生であり、同賞史上2番目に若い受賞者(最年少は2005年第42回の『平成マシンガンズ』で受賞時に15歳だった三並夏)。『星に帰れよ』は、作者と同世代の高校生3人を描いた物語だ。深夜の公園で真柴翔が、片想いしている早見麻優への告白の練習をしていると、「モルヒネ」があだ名の同級生の女子にみられてしまう。つきあいだした真柴と麻優、そして「モルヒネ」の三角関係でもない微妙な関係を、真柴と「モルヒネ」の男女の視点から交互に書いている。
贈呈式前に記者会見が開かれ、受賞者が自作について語った。発言の大意は以下の通り。
藤原無雨「中学時代はライトノベルのブームだったので『ラグナロク』(安井健太郎)や『マリア様がみてる』(今野緒雪)、文学では高校時代の挫折した時に太宰治にはまりました。ずっと読んでいるのは保坂和志さん、ヴィクトル・ペレーヴィン。ずいぶん前、ライトノベルもどきを書いて友人に送りつけたことがありました。『裏切られた盗賊~』の共著者の今井君です。約10年後、住まい探しをしていると、小説を書くならと条件をいわれ、彼のところへ居候することになったのが4年前。それが小説家をめざしたきっかけです。
もともとライトノベルと純文学のどちらにも興味を持っていました。それらは組み立てかたが違っていて、ライトノベルは今なにが求められているのかを計算して話の流れを作る。文学はもっと運動性にまかせる必要があるので、実際書いている間に生まれてくるものを大事にしています。小説の持っている運動性のなかにある風景、時間を意図的にギュッと圧縮するとなにが起きるかを知りたいと思い、文学に限れば7作目くらいの応募となる『水と礫』を書きました。今後は、方向性を定めてやっていくより、いろんなことにチャレンジしたいです」
新胡桃「学生むけのコンペに短編などは書いたんですが1度もひっかからず。新人賞に応募するのは今回が初めてです。この歳で早く小説家デビューさせてもらったのは嬉しいですけど、特別な感情は抱いていません。就職や進学より先にたまたまデビューできただけなので、甘えることなく人生のなかに入れていけたらと思います。
対談(受賞2作掲載の「文藝」2020冬季号)した島本理生さんが「小説家はなにかを断罪する職業ではない」と話していたことが響いていて、私も枠組みやステレオタイプを壊しつつ、断罪したりしないものを書きたいと最近思っています。『星に帰れよ』では「モルヒネ」という人間が他人からどう映るか、本人の視点だけで書くと肩入れしすぎるのではないか。彼女がどんなに考えていても他人にはわからないどうしようもなさを書きたくて、2人の視点にしました。音楽や映画は雰囲気で多くを訴えますが、小説は心情をそこまで説明するかってくらい説明するのが好きです。
小学校の頃から好きだった作家は朝井リョウさん。島本理生さんも中学から読んでいます。小説を書いて他人に響くということが新鮮です。雑誌に載ってからSNSをみて、自分の小説の感想をみるのが嬉しいと気づきました。笑い、意外、といった名づけられた感情ではない、小説でまわりくどく書かなければわからない感情を世の中に示せて、共感してくれる人がいるのは喜びです」