手塚治虫の異色作『ばるぼら』に込められた“芸術家の意志” 破滅の物語に差す一筋の光とは?
いずれにせよ、この『ばるぼら』という物語は、美倉洋介が妄想にとらわれた末に書いた「幻想小説」だったともいえるし、手塚治虫によるある種の「芸術論(芸術家論)」だったともいえるのだ。「手塚治虫文庫全集」版に収録されている森晴路(手塚プロダクション資料室長)による「解説」では、手塚が本作の執筆当時、関わりの深い虫プロ商事(出版社)と虫プロダクション(アニメ制作会社)が相次いで倒産したにもかかわらず、ひたすら多くの漫画を描き続けていたことに触れているが、その様子はまさに、物語のクライマックス――山小屋に閉じ込められた美倉洋介が、餓死寸前まで原稿用紙のマス目を必死で埋め続けた姿と重なりはしないだろうか。
そう――人気の絶頂にあっても、すべてを失っても、何があろうとも作品を描き続けること。そんな作者の芸術に対する強い“意志”が根底にあるからこそ、本作は破滅の物語でありながら、どこか一筋の希望の光を感じさせてくれるような内容になっているのではないだろうか。物語の最後に挿入されるナレーションにもあるように、たとえ作者はいなくなっても、「彼の作品は残る」のだ。
■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。Twitter。
■書籍情報
『ばるぼら』(手塚治虫文庫全集)
手塚治虫 著
価格:本体950円+税
出版社:講談社
公式サイト