AI手塚治虫『ぱいどん』はコンテンツ産業にとってどんな意義があった? クリエイターがAIに求めたこと

『ぱいどん』プロジェクトの意味

 講談社の青年マンガ誌『モーニング』に手塚治虫のマンガを学習したAIを援用したTEZUKA2020プロジェクトによる前後編のマンガ『ぱいどん』が掲載されて話題を集めたのは2020年2月~4月のことだった。

 そのマンガとプロジェクトに関わったスタッフによるドキュメント、それから手塚治虫が生前に描いていた人工知能ものの短編マンガなどが収録されたコミックスが7月末に刊行されたため、今一度『ぱいどん』とは何だったのか? このプロジェクトはマンガ界、コンテンツ産業にとってどんな意味があったのかについて整理しておきたい。

AIが担当したのはキャラクター原案とプロットのネタ出しのみ

 『ぱいどん』はAIがマンガ制作のすべてを担当したわけではない。

 AIが担当したのは、

・手塚治虫の絵と人間の顔を学習させたものを組み合わせてキャラクター原案(それも顔だけ)を生成

・映画研究者・シナリオライターの金子満が考案した映画脚本術「3幕13フェーズ構成」理論に手塚作品をあてはめて整理してAIに学習させ、プロットを生成

 したことだけだ。

 顔以外のキャラクターデザイン、キャラクター設定、作品世界の設定、シナリオ作成、ネーム、ペン入れなどの作画作業は人間(一部ペン入れはロボットが担当)がしている。『ぱいどん』作画が手塚治虫の絵に非常によく似ているのは、手塚プロで版権イラストなどを手がけるスタッフが描いているからであって、AIのおかげではない。

 そのため、制作にあたったTEZUKA2020プロジェクトからプレゼンを受けた「モーニング」の編集長は「AIの担当役割が少なく、このままではAIのマンガではない」と一度回答している(その後、プロジェクト側の熱意にほだされて掲載が実現)。

『ぱいどん』の成果は「創作支援AIとはどうあるべきなのか?」を示したこと

 AI美空ひばりと並べての議論から一段落して改めてこのプロジェクトの流れと成果物としてのマンガをこのコミックスで読むと「AIの力で手塚治虫を蘇らせることは可能か?」というテーマで議論するよりも「創作を支援するツールとしてAIをどう活用できるか?」「創作支援AIにクリエイターが望むものとは?」ということをAIの研究者・開発者に気付かせたことの意味が大きいと感じる。

 先ほど言ったキャラクター原案にしろプロット制作にしろ、ジャッジは手塚治虫の息子で映像クリエイターである手塚眞が行い、その先のキャラクターデザインとキャラ設定、作品世界の設定、シナリオ作成も手がけている。手塚眞はその立場からキャラ原案やプロットに対して可否の判断を下しているわけだ。

 この本で印象的なのは、AI研究者たちが「クリエイターが求めるAIのアウトプットは、われわれの評価基準とは違うことがわかった」と繰り返し語っていることだ。キャラクター原案でもプロットでも、AI研究者たちは「きれいに整っているもの」がいいのではと思って手塚眞に提案するが、手塚はそれらを却下して「完成度は低くても想像をかき立てられるもの」「違和感を抱かせたり、突拍子もないもの」を望んでいる。そうでないと、おもしろくないからだ。掘り下げてつくってみたいという気にならないからだ。

 人工知能といえば機械学習によって特徴量を抽出し、基本的には「それっぽいもの」を作ることを目指しているし、またそれに長けているわけだが、むしろクリエイターは「それっぽいもの」を一歩踏み越えた引っかかりや意外性こそを創作支援AIに求めている。

 たしかに、主人公ぱいどんに対してAIが与えた役割は「哲学者」で「役者」。作中ではイナゴロボットの大群が宙を舞う。できあがったマンガは奇想に満ちていて、なかなか人間には思いつかないであろう要素が随所にちりばめられている。

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