『おやすみプンプン』『デデデデ』浅野いにおが描いてきた「現実の社会と時代」とは?
2018年の『ビッグコミックスペリオール』で初出となり、その後発刊された自身の短編集『ばけものれっちゃん/きのこたけのこ』に収録された「TEMPEST」も、現在の社会を切り取った1作だ。少子高齢化に歯止めが効かなくなった架空の日本を舞台に、「老人検定」に合格できなかった高齢者は人権が剥奪される、というシリアスなストーリーだ。
実際の写真を加工して作品に取り入れる浅野の作風と、実際の日本社会でも長く解決しない問題である少子高齢化が物語の主軸となっていることも相まって、「こんな社会は怖い」という反面で「でも今の日本のままではそんな未来が本当に来てしまうかもしれない」、あるいは「もしかすると本当はこの社会の方が幸せなのかもしれない」と読者に思わせてしまう、その説得力に畏怖すら覚える1作となっている。
そして現在連載中の『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(以下、『デデデデ』)にも、浅野の社会性や時代性は健在だ。「母艦」と呼ばれる空飛ぶ円盤が東京上空に現れた世界が物語の主軸となる本作。10万人の犠牲を出した戦闘の果てに停止した「侵略者」と「母艦」は3年が経過してもなお東京の空に浮かんでいる。そんな緊張状態の東京で日々を過ごす少女たちの日常が描かれつつも、少しずつ変わりゆく世界が描かれる。
アメリカ軍が母艦へ投下した新型爆弾によって東京はA線で汚染された、という設定に、母艦からは東日本大震災を、新型爆弾やA線からは原爆や原発を彷彿とさせる。また、「SHIPS」と呼ばれる侵略者の保護を叫ぶデモ活動団体が現れる様は2015年に安保関連法が採択された際に話題となったSEALDsをも想起させる。そして、母艦という脅威を前に、対脅威ではなく人と人が争う様は、コロナが猛威を振るい続けている2020年にも当てはめることが出来る。その「置き換え」については浅野自身もインタビューでこう語っている。
「あらためて言っておきたいのは、震災があったからあの漫画を描いたのではなく、あくまでも、最初に侵略者物を書こうという目標で「侵略者」=「超自然的な脅威」という古典技法に乗っ取って、直近の3・11で起きた現象を取り入れているというだけなんですね。だから今となっては、他のもっと現在進行形の何かに置き換えて読んでくれても全然かまわないんです。」(小学館「漫画本10 浅野いにお」ロングインタビュー第5回より引用)
彼が現実の社会や時代を作品に落とし込むのは社会への問題提起が理由ではない。今現実で起きている現象を作品に取り込んでいるだけなのである。同時に、その「今現実で起きている現象」の描き方が極めてシニカルかつブラックだからこそ、我々読者はそんな現実の先にあるキャラクターたちの表情や感情の機微に人間らしさを覚え、フィクションであるはずの作品世界に「もしもこんな世界になってしまったら」と現実世界を重ね合わせ恐怖するのである。2020年以降の浅野いにおは、どんな社会を、どんな時代を作品に落とし込むのだろう。
■ふじもと
1994年生まれ、愛知県在住のカルチャーライター。ブログ「Hello,CULTURE」で音楽を中心とした様々なカルチャーについて執筆。Real Soundにも寄稿。
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