『約束のネバーランド』がリアリティ溢れる名作となったワケ 「目的と犠牲のジレンマ」描く

『約ネバ』のリアルを支えた「ジレンマ」

 イザベラやピーターは、エマやノーマンたちの影でもあり、あのまま施設で大人になっていたら、そうなっていたかもしれない将来の自分だった。そんな大人を滅ぼすのではなく、許すことでエマたちは乗り越えようとした。

 最終巻ではピーターの過去も描かれるのだが、彼もまた、世界を守ろうとしていたことが明らかになる。そのやり方は間違っていたが、大人には大人なりの理想や葛藤があったことを本作は描く。しかしその罪は決して許されるものではない。だから、ピーターは自死を選び、イザベラもエマをかばって命を落とす。これこそが『約ネバ』世界のバランスだ。それはエマがたどった結末にも当てはまる。

 鬼の神(と思われる存在)と会い「鬼と人間の約束」を結び直したことに対する代償(ごほうび)はない。「全員生きて人間の世界に行ける」とエマは言った。しかし、子どもたちが人間界に到着するとそこにエマの姿はなかった。エマは約束の代償として記憶を奪われ、仲間と離れ離れになったのだ。

 最後に記憶を失ったエマをノーマンたちが見つけだして物語は終わる。離れ離れになるという代償こそ覆したが、おそらくエマの記憶は戻らないのだろう。何かを得るとその代償として何かを失ってしまうという痛みを『約ネバ』は繰り返し描いてきた。だが同時に「目的にために何かを犠牲にすることは間違っている」ということも描いてきた。目的のための犠牲を否定しながら、どうしても犠牲者が出てしまうという「目的と犠牲のジレンマ」が『約ネバ』のリアリティを支えていた。

 子どもたちに「理想」を伝えようとしているからこそ、現実の苦さから作者の2人は目をそらさなかった。それこそが本作の一貫した手触りである。連載時は最終回の告知がギリギリまでなかったため、先の展開がまったく読めなかった。そのため、人間界でも一波乱あるかと思ったが、お話の結論はすでに出ていたので、この終わり方で正解だろう。改めて単行本で読むと見事な構成である。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報
『約束のネバーランド』(ジャンプコミックス)20巻完結
原作:白井カイウ
作画:出水ぽすか
出版社:株式会社 集英社
公式サイト:https://www.shonenjump.com/j/rensai/neverland.html

■映画公開情報
『約束のネバーランド』
12月18日(金)全国東宝系にて公開
出演:浜辺美波、城桧吏、板垣李光人、渡辺直美、北川景子ほか
原作:『約束のネバーランド』白井カイウ・出水ぽすか(集英社ジャンプコミックス刊)
監督:平川雄一朗
脚本:後藤法子
配給:東宝
(c)白井カイウ・出水ぽすか/集英社 (c)2020 映画「約束のネバーランド」製作委員会

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