『きんぎょ注意報!』が少女たちの心を掴んだ理由 非現実へと導いてくれる、わぴこの存在
ヒロイン二人を軸に面白おかしい日常が描かれる。そこに少女漫画ならではの甘さを与えてくれるのが生徒会副会長の「秀ちゃん」こと秀一と、会計の「葵ちゃん」こと葵である。
秀一は真面目で成績優秀な少年だ。冷静に物事を判断することもでき、新田舎ノ中学校で千歳が信頼する唯一の人物である。大らかな一面もあり、周囲の登場人物が非常識な行動をした場合は彼がいち早くツッコミにまわる。わぴこや葵、他のクラスメイトとの関係も良好だ。
秀一と対になるキャラクターが葵である。葵はサングラスをかけた不良である。だが、わぴこたちと一緒に小学生のように振る舞うこともある。わぴこや秀一たちと仲が良いが、風紀が乱れることをいやがる千歳とはよくケンカをする。
今ならイケメンと称される彼らは、もちろん作中に登場する女の子たちにもてる。恋を夢見る千歳も例外ではなく、秀一と葵両方に言い寄られる夢を見るエピソードもある。特に千歳と葵の関係は、「最初はけんかしていたのにだんだんと惹かれ合う男女」という当時の恋愛漫画王道パターンを予想させるものだ。ただ、千歳が葵に恋する描写があるのに対し、葵が千歳に特別な感情を抱くことは最後までまったくない。
そもそも秀一も葵も、誰かと恋愛することなど考えていないし興味もないのだ。二人とも女の子に想いを寄せられても迷惑そうで、誰のことも恋愛対象として意識していない。わぴこと同様に、生々しい恋愛とは一線を画している。
これは思春期前後の、多くの男の子たちに見られる特徴である。だからこそ読者は「自分のクラスの男の子に似てる」と思いながら読むこともできるし、誰とも恋に落ちない秀一と葵に清らかさを感じ、思う存分憧れることもできる。
千歳は「共感」、わぴこは「希望」、秀一と葵は「憧憬」を読者にくれるのだ。
本作が少女漫画とギャグを融合して作り上げた独自の世界観は、30年経った今もほとんど踏襲されていない。『きんぎょ注意報!』は、キャラクターの魅力で時代の暗さを吹き飛ばす漫画でもあり、それは今の時代のニーズにもマッチしているのではないだろうか。
■若林理央
フリーライター。
東京都在住、大阪府出身。取材記事や書評・漫画評を中心に執筆している。趣味は読書とミュージカルを見ること。
■書籍情報
『きんぎょ注意報! なかよし60周年記念版(1)』
猫部ねこ 著
価格:本体490円+税
出版社:講談社
公式サイト