もう二度と読みたくないトラウマ漫画……ホラーの巨匠・日野日出志「蔵六の奇病」の本当の怖さとは?
同じく日野日出志の作品で「山鬼ごんごろ」という短編がある。盲目の娘が心優しい鬼と出会い、やがて二人は惹かれあっていくのだが、鬼との結婚に反対した父親が、「夫婦になるなら角を切って人間になってくれと娘が言っていた」と嘘をつき、鬼に自らの手で角を切り落とさせる。同じ要領で牙を切らせ、爪を剥がせ、最後には娘と同じになるようにと目まで潰させる。もともと鬼を受け入れるつもりなどなかった父親と村人たちは、弱り切った鬼にとどめを刺すようにして殺す。血まみれの鬼を見つけて駆け寄った娘は、父親と村人たちに言うのだ。「鬼は……鬼は……あなた達です……!!」と。外見こそ恐ろしいが純粋で無害な鬼と、その異質さを恐れてどこまでも残虐になれる鬼のような人間という構造は、蔵六と村人の関係によく似ている。
日野日出志はホラー漫画家だが、彼の作品、特に「蔵六の奇病」や「山鬼ごんごろ」はただ怖がらせるためのホラーではなく、実在する人間の残酷さや恐ろしさを描いた漫画なのだ。文芸批評家の清水正氏は彼を「実存ホラー漫画家」と呼んでいるが、まさにその通りである。
「蔵六の奇病」の話に戻るが、作者の日野日出志が悩んだというラストシーンも納得いくものだった。人間の世界で上手に生きることができず、自然の色に心惹かれ憧れ続けた蔵六は、自ら美しい色を携えた人外の生き物に変身し、人間たちが決して寄り付かないねむり沼へと身を沈めていく。壮絶な人生を生き抜いた蔵六が、沼の底ではどうか誰にも邪魔されず、美しい甲羅を光らせながら静かに眠っていてほしいと願うばかりである。
■南 明歩
ヴィジュアル系を聴いて育った平成生まれのライター。埼玉県出身。