『海辺のエトランゼ』が“BLの入門書”と称される理由 優しさに満ちた世界

『海辺のエトランゼ』が心に響く理由

『春風のエトランゼ(1)』表紙

 『海辺のエトランゼ』は現在、『春風のエトランゼ』でシリーズが続いている。

 実は、結婚式当日に婚約を破談し家族から逃げてきた過去がある駿。そんな彼のもとへ父親の病気を報せる手紙が届いたことをきっかけに、ふたりの恋の舞台は北海道へと移る。

 自分の勝手で傷つけてしまった元婚約者と両親への罪悪感。気持ちを受け入れてもらえないことを突きつけられた同級生もいる。駿にとって地元は、否が応でもゲイである自分をおかしい、気持ち悪いと蔑まなければならない、とにかく居心地の悪い場所だ。そこに男の恋人を連れて帰るとなれば、気まずさを感じるのも無理はない。

 実央とふたりだけの時は年上らしい余裕すら感じさせる駿だが、いざふたりの世界を飛び出し家族や地域と向き合うことになると、持ち前のヘタレっぷりが発揮される。しかし戻ってきた今は実央が側にいて、駿を引き上げてくれるのだ。また実央も駿のおかげで、孤独から解き放たれ、誰かと一緒にいるぬくもりを再び手にすることができている。

 お互いがお互いの心の底から欲していたものを与えあう。ひとりでは得られなかった世界を見ることができている。そんなふたりの関係は、「運命の出会い」のように感じられるかもしれない。しかし駿と実央のカップルからは、なぜだかそこまで劇的な印象を受けないのだ。それはきっと、彼らの恋愛が日常に溶け込んでいるからだ。働いて、お腹いっぱいご飯を食べて、その辺を散歩して、疲れて眠る。ふたりにとっての恋愛は、こんな日常の営みの1つなのではないかと思う。

 変化がないといえば、そうなのかもしれない。しかしありとあらゆる先入観ごと相手の気持ちと向き合い一緒にいることを選び、1日1日を生きていくふたりの恋には、強い決心、覚悟のようなものを感じる。そんな覚悟を持ち恋をするふたりの生き方は、ひたすらにまっすぐで美しい。愛する人と淡々とした日々を過ごすことがどんなに幸せで尊いことなのかを、駿と実央は教えてくれるようだ。

■クリス
福岡県在住のフリーライター。企業の採用やPRコンテンツ記事を中心に執筆。ブログでは、趣味のアニメや漫画の感想文を書いている。ブログTwitter

■書籍情報
『春風のエトランゼ』
紀伊カンナ 著
価格:715円(税込)
出版社:祥伝社
公式サイト

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