『きのう何食べた?』が示す「家族の条件」とは? 同性カップルの思いやりに学ぶ

『きのう何食べた?』で描かれる「家族」

 本来ならば東京オリンピックが開催される予定だった2020年。新型コロナウイルス感染拡大により、別の意味で忘れられない年となった今年も残すところわずか3カ月だ。日常が一変し、私たちは家族以外の人間とソーシャルディスタンスを保つ必要性に迫られた。けれど一体、家族とそれ以外の人間は何が違うのだろう。もし家族内の人間関係が破綻していたら、それは果たして家族と呼ぶに値するものなのか。はたまた同居はしていないが、家族以上に親しい間柄の人間を家族とは呼べないのだろうか。

 これは筆者の体感だが、突然「家族」という単位で括られた結果、結婚するカップルが増えたような気がする。一方で、24時間夫婦でいることに耐えられず、離婚という選択肢を取る人も続出し、いわゆる“コロナ離婚”という言葉まで誕生した。そういった意味で、今年はこれまでの家族観が大きく揺らいだ一年ともいえるだろう。そんな時、ふと読み返した『きのう何食べた?』(作:よしながふみ/講談社)の中で、「家族になるための条件」みたいなものを見つけたのだ。

 この漫画は、週刊漫画雑誌『モーニング』で2007年から現在まで長期連載されている作品。2019年に俳優の西島秀俊と内野聖陽で実写ドラマ化され、一躍注目を浴びた。今年のお正月に放送されたスペシャルドラマも好評で、2021年には映画化も予定されている人気作だ。

 基本的に1話完結のスタイルで、弁護士の筧史朗と美容師の矢吹賢二によるゲイカップルの何気ない日常が描かれる本作。一つひとつのエピソードに史朗や他の登場人物がつくる飯テロ級に美味しそうな料理が並ぶが、単純な料理漫画ではない。昔ほど偏見は薄まったが、好奇の目に晒されやすい史朗たちの葛藤が盛り込まれている。しかも、それが面白おかしくでもなく、変に深刻になるでもなく、淡々と描かれているのが特徴だ。作者のよしながふみは、BLを描くときに「別の世界の生き物として描かないということ」を意識しているという。(参照:https://www.jprime.jp/articles/-/16183?page=3)

 また、本作はリアルタイムで物語が進み、私たちと同じ時間軸に生きる史朗と賢二が歳をとっていく様を見ることができる。すでに連載から13年の時が経っているため、最初は43歳という設定だった史朗も最新刊(17巻)ではとうに50歳を超えた。最初は周囲の人間にゲイだとバレることを恐れていたクールな史朗と、職場にもカミングアウトを済ませた穏やかな賢二がちょっとした喧嘩になることも多かったが、5年10年の時を経て互いに成長し、少しずつ家族になっていく。

 『きのう何食べた?』には実にたくさんの家族が登場する。例えば、史朗が激安スーパーで食材を半分こにする主婦の富永佳代子さん。富永家は夫婦と長女の3人暮らしで仲良し家族だが、夫が一人娘・ミチルの結婚を急かすことで揉めることも。史朗と賢二のゲイ友達である鉄郎&善之カップルは、鉄郎の「稼いだ金を実家の両親にはびた一文渡したくない」という意向で養子縁組を結ぶ。ドラマで山本耕史と磯村勇斗が演じた小日向&航カップルも、力関係こそ航の方が圧倒的に強いが幸せそうに暮らしている。

 一方で弁護士である史朗の元にやってくる依頼人も、家族関係に問題を抱えている人たちばかり。精神的な病で離婚を突きつけられ、息子と会えなくなってしまった女性、妻から監禁され、ひたすら殴る蹴るの暴行を加えられた夫、美人局にあった夫とやり直しを願う妻ーーどの家族にもいつかは困難が訪れる。結果、家族関係を続行するか、別れを選ぶかはそれぞれだ。多様な家族の形に触れた史朗は、どんどん賢二に優しくなっていく。

 お正月には折り合いの悪かった実家に、賢二を連れて帰ることも決めた(7巻)。帰り道に、「夢みたい!恋人の実家に遊びに行って親ごさんと一緒にご飯食べる日なんて俺には永久に来ないと思ってたもん」と涙を流す賢二を、史郎が人目をはばからず抱き寄せる2人の顔は紛れもなく互いを思いやる家族の姿になっている。この後、史朗の母親はショックで寝込んでしまうのだが……。

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