『コロコロコミック』はなぜ子どもたちを魅了し続ける? 飯田一史が語る、「子どもの本」市場の変遷

『いま、子どもの本が売れる理由』インタビュー

 『いま、子どもの本が売れる理由』は、近年活況を呈している児童書の市場がどのように形成されたのかを、児童文学や創作絵本の盛衰のみならず、漫画やTVアニメといった他のメディアとの関係性や、国の教育にまつわる政策方針の変遷など、多角的な視点から通史的に紐解いた一冊だ。「子どもの本」を切り口に浮かび上がってくる独自のメディア論は、出版業界関係者はもちろん、サブカルチャーや教育に関心を持つ方にとっても興味深いものだろう。著書の飯田一史氏に、本書についてのインタビューを行った。(編集部)

80年代から90年代の児童書市場

飯田一史氏

――『いま、子どもの本が売れる理由』には、『おおきなかぶ』や『ぐりとぐら』といった創作絵本はもちろん、『コロコロコミック』などの漫画雑誌や『ハリー・ポッター』などの海外ファンタジー小説の興隆まで描かれていて、懐かしい気持ちになりました。特に私が幼少期を過ごした80年代から90年代にかけては、実は児童書の市場が縮小していた時期だったと知り、腑に落ちるところもありました。改めて、子どもの本について調査しようと考えたきっかけを教えてください。

飯田:僕も1982年生まれで、子どもの頃にたくさんマンガ雑誌やコミックス(単行本)を読みましたし、ファミコンやスーパーファミコンなどのゲームで遊んだし、ゲーム雑誌もよく買って読んでいました。ところが日本昔話の絵本と伝記学習マンガを除くといわゆる児童書を読んだ記憶はあまりなかった。児童書が書店で目立つところにあった記憶がない。

 ところが自分に子どもができて息子を連れて書店や図書館に行くと、今は随分と児童書が充実している。その違いが気になって調べていくと、僕が子どもだった80年代から90年代後半にかけて「子どもの本離れ」がピークに達していく過程にあった時期だとわかった。

 ただ、常識的に考えると時代が下るほど娯楽が多様化して通信技術も発達していきますから、本の地位が相対的に落ちていくのは不自然ではない。むしろ少子化と出版不況が重なっているにもかかわらず、2000年代以降に小中学生の読書量や児童書の市場規模がV字回復していることには「何か大きな力が働いている」と思わざるをえなかった。

 それが取材・調査の動機ですね。

ーー80年代から90年代は、子どもの本離れが進んだといっても、一方でコミックスは非常に読まれていたと書かれています。

飯田:コミックスというか、雑誌も含めたマンガですね。「コミックス単行本」なるものがいかに成立し、徐々に書店を席巻していくに至ったかについては山森宙史さんの『「コミックス」のメディア史』に詳しいですが、ざっくり言うと60年代後半に誕生した。ただしマンガ市場は70年代までは雑誌が「主」でコミックスはオマケみたいな存在だったのが、80年代以降はコミックスの市場規模が非常に大きくなり、それに伴い地位向上が果たされた。そうなった理由はいくつもありますが、たとえば1977年に公開された劇場版『宇宙戦艦ヤマト』のヒットによりアニメの制作本数が増え、その原作としてマンガがたくさん選ばれ、相乗効果で市場を拡大していった。

 また、1985年にファミコンソフト『スーパーマリオ』が大ヒットしてゲームが一気にポピュラーなものとなり、ゲームを先駆的・意識的に採り入れた小学生男子向けのマンガ誌『コロコロコミック』『コミックボンボン』が部数を伸ばした。

 対照的に、70年代までは「家庭文庫」と呼ばれる民間の小規模な私設図書館がたくさんあり、活況を呈していたのですが、80年代になるとおそらくアニメ、ゲーム、マンガの影響もあって子どもたちは文庫から急速に離れていきました。

――子どもの本を取り巻く環境には、様々なメディアの影響があったわけですね。『週刊少年ジャンプ』や『コロコロコミック』など、少年誌同士の攻防も興味深かったです。

飯田:『コロコロ』は少年誌ではなく児童マンガ誌と呼んだ方がいいのですが、『ジャンプ』もかつては「下は小2」と読者年齢を設定しており、両誌は「児童マンガ誌」の読者を奪い合っていた。そこで相互に意識しあい、影響しあっていた。1959年に創刊された『週刊少年サンデー』『週刊少年マガジン』は当初から記事ページを充実させていたのに対し、68年に創刊された『週刊少年ジャンプ』は記事ページのノウハウや予算がないことから「マンガ一本」で勝負という方針を十数年貫いていました。ところが前述のとおりゲームが流行して『コロコロ』がいち早く反応すると、『ジャンプ』編集部に在籍していた鳥嶋和彦氏は誌面にゲームの裏技コーナーを作り、『ドラゴンクエスト』のキャラクターデザインに鳥山明を起用、読者コーナー「ジャンプ放送局」を充実させるなど「マンガ一本」から方向転換を測った。

 そしてその鳥嶋氏が1996年に編集長になると「ジャンプフェスタ」を始めるなど、従来のアニメ化とマーチャンダイズに留まらないメディアミックス、IP展開を推進し、誌面にも必然的にそういう情報が増えて今に至ります。今の『ジャンプ』の誌面を見て「マンガ一本槍」と思う人はいないでしょう。鳥嶋さんは一貫して『サンデー』でも『マガジン』でもなく『コロコロコミック』をベンチマークにしていた。

 『コロコロ』側もまた、『キン肉マン』『ドラゴンボール』のような小学生にも絶大な人気を誇る作品を持つ『ジャンプ』に勝つための戦術を編み出していった。『コロコロ』は「グラフ(記事ページ)」「イベント」「マンガ」を三位一体にしてゲームや玩具とタイアップする独自のメディアミックスモデルを80年代から画策していて、その連動があったからこそミニ四駆にしろドッジボールにしろ少年たちの心をつかんだわけです。『コロコロ』のやっていることは「映像が先か、原作が先か」程度のメディアミックスとは全然違います。マンガで描かれている世界を読者がイベントで味わえるという「体験性」重視であり、かつ、「読者の生活時間・サイクルにいかに食い込むか」を徹底して考えていた。

――『ミニ四駆』をはじめ、ヒットの背景にはメディア的な仕掛けがあったのだと考えると、我々は良いように踊らされていたわけですね(笑)。

飯田:児童書関係者からすると、なぜ「子どもの本」の話をするときに『コロコロコミック』を取り上げるのかと思うかもしれません。しかし、昨今の児童書市場の堅調さは教育政策によって学校で本に触れさせる機会・時間を20世紀までと比べて圧倒的に増やしたというテコ入れによる影響が大きい。ところが雑誌は官民の読書推進活動ではほぼ存在が無視されています。「本を読もう」とは言われても「雑誌を読もう」というかけ声は皆無です。そんなふうに政策による恩恵にまったく預かれない子ども向けの雑誌の世界で、トップを張っているのは独自のメディアミックスモデルを駆使する『コロコロコミック』や『ちゃお』です。

 英語やプログラミングが小学校にも導入され、教科の時間のやりくりがますます難しくなっていくなかで、今後「学校で本を読む時間は減らそう」と政策的に転換する可能性は十分ある。そのとき児童書市場が80~90年代に逆戻りしていいんですか? と考えると「教育政策の後押しがなくても作品を子どもに届ける手段がある」ことを知っておくべきだと思うんです。

――『コロコロコミック』が「小学校を卒業するまで読んでくれればいい」であるのに対して、『週刊少年ジャンプ』が「永遠の13歳」を対象に連載を長期化していく流れも面白かったです。

飯田:両誌はかつては小学生読者の奪い合いをしていたのが、90年代末以降、小学生は『コロコロ』、中学生以上は『ジャンプ』という棲み分けが進行していった。その要因をひとつ挙げると、『ジャンプ』のメディアミックスモデルは長期連載を前提に小説化、ゲーム化、オリジナル展開での映画化など、作品自体が拡張できることを前提にしています。つまりそうやって「掘れる」「広げられる」ような、設定がある程度以上複雑な作品でなければいけない。そうすると小学生にはついていけなくなる、またはややこしかったり長すぎて入りづらくなる。今の『ジャンプ』は内容のみならず言葉遣いひとつとっても小学生には難しいですよ。『鬼滅の刃』クラスになれば小学生にも人気ですが、どこまで理解して読んでいるのかはあやしいですね。

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