『ざんねんないきもの事典』圧倒的人気の理由 「図鑑」から「事典」へ、ブームの変遷を辿る
2020年5月に発表された、小学生が投票して決定する第2回こどもの本総選挙では、第1回に引き続き『ざんねんないきもの事典』が1位となり、シリーズ全点がトップ10にランクインするという圧倒的人気を見せた。
『ざんねんないきもの事典』シリーズはなぜ人気なのか?
「事典」というキャッチーなカテゴリ創出
『ざんねんないきもの事典』第1弾は2016年に発売されているが、その前から児童書の読みものでは「危険生物」ブームがあった。子どもは生きものが好きであり、なかでも特徴がきわだった生物が好きである。
「危険生物」人気は学研が2012年に『世界の危険生物』、13年に『危険生物大百科』、14年に『学研の図鑑 超危険生物』などを刊行してヒットさせたことで定着し、類書が続々登場、動物園でも危険生物というくくりが用いられるなどして本の世界を飛び出して一般化し、現在まで続いている。
図鑑市場は2002年の『小学館の図鑑NEO』登場以降、劇的に市場を拡大し、2009年の『小学館の図鑑NEO+くらべる図鑑』以降、「テーマ図鑑」と呼ばれる、従来の「魚」「動物」「花」「恐竜」といったカテゴリー別のものではない、横断的にさまざまな切り口で取り上げるタイプの図鑑が登場していたが、危険生物の図鑑はこの流れから登場した。
「危険」な生きものの次に「残念」な生きものというわかりやすい枠組み、テーマがひとつ増えたわけだ。
それをネオリベ的・弱肉強食的な「危険生物」から、しょうもない個性をもいとおしむ多様性重視の「ざんねんないきもの」へ――的に時代の流れを整理してもいいかもしれないが、別に今も危険生物への関心がまったくなくなったわけではないので、こういう見立てだけで片付けるわけにはいかない。
21世紀の図鑑の主流となった写真で勝負するのではなく、イラストで生物を描く
NEO以降の図鑑は、一部のテーマ図鑑(低年齢向けの『ふしぎの図鑑』など)を除けば基本的にはリアル路線が主流であり、写真の美麗さやインパクトをウリにしてきた。
リアル路線は、大判の図鑑との相性は当然、よかった。『危険生物』だって、サメやスズメバチを写真や付録DVDでは実写映像で見せるからこそ、読者に恐怖感を喚起してきた。
逆に言うと、昔ながらのイラスト主体の図鑑は駆逐されてしまったのだ。
ところがコンパクトな四六判ソフトカバーで刊行されている『ざんねんないきもの事典』は、写真ではなくイラストで生物を描いている。登場する動物たちは絵は若干リアル寄りながらどこかかわいらしく描かれ、のみならず擬人化して「えっ今日って寒い!?」とか「そんなにつまってるの?」といったセリフをしゃべらせている。
おそらく写真であってもコンセプトがおもしろいため、あるていどはヒットしただろうが、イラストだったからこそ、ここまで広がったと思われる。
というのは「ざんねんないきもの」のなかには少なからず人間からすると奇妙な、もっと直接的に言えば気持ち悪い外見や生態をしている生きものがいる。それを写真で示すと子どもは良くても親が引いてしまう。
もちろん『小学館の図鑑NEOイモムシとケムシ』のようなリアル路線で、保護者が拒否反応を示しそうなものでもヒット作はあるのだが、『イモムシとケムシ』は『ざんねんないきもの事典』ほどのブームにはなっていない。
写真でリアルに、文章は科学的に正確に記述するという図鑑の主流とは一線を画した、親しみやすいイラストで、見出しの文章は「クジラの耳くそは超巨大」「ボツリヌス菌はツンデレ」といった力の抜けたものだったことが、「ざんねんないきもの」というコンセプトの新しさとあいまって『ざんねんないきもの事典』は人目を惹いた。
そして『ざんねんないきもの事典』以降、『NEO』以降のリアル路線図鑑とは別の脱力・イラスト路線事典という潮流が形成されていくことになる。