甲子園球場グラウンドキーパーの仕事とは? 甲子園中止の夏に『あめつちのうた』で思いを馳せる

甲子園中止の夏に、思いを馳せる一冊

 一方で本書は青春小説でもある。雨宮・長谷・一志・真夏。4人の男女は、誰もがそれぞれの問題や葛藤を持っている。さまざまなエピソードを通じて、しだいに友人となる彼らが、自分の道を歩み出すまでが、気持ちよく描かれているのだ。そしてその中から、主人公の雨宮の魅力が浮かび上がってくる。家族との葛藤を抱えたまま、迷走するように生きている雨宮だが、他人とは誠実に向き合う。そんな彼が、友人たちに良き影響を与えるのだ。本書の中盤で雨宮が真夏にいう、「身近な人から幸せにしましょうよ」が、彼の善良な資質を表現しているのだ。

 ところが雨宮本人は、自分の美点が分かっていない。父親や弟に対する複雑な思いと、なかなか折り合いをつけられない。作者は“雨”を象徴的に使いながら、このような雨宮の内面を露わにする。才能なき者である彼の苦悩に共感する読者は、少なからずいるだろう。だからこそ、終盤からクライマックスにかけての展開と、雨宮の叫びが熱いのである。いい作品だ。

 現時点で未来は予測不能だが、いつかは夏の甲子園も再開されるはずである。そのときは高校球児たちだけでなく、グラウンドキーパーにも注目したい。きっと彼らの中に、雨宮がいるはずだから。

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報
『あめつちのうた』
著者:朝倉宏景
出版社:講談社
発売日:2020年6月17日
定価:本体1,600円(税別)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000341872

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