バンクシーはなぜアートと認められるのか? グラフィティの価値を問う『オーバーライト』の挑戦
その過程で、〈ゴースト〉と呼ばれ賞賛を浴びていたブーが、どうしてグラフィティを書かなくなったが明らかにされる。それは、才能に見放された自分への嫌悪から逃げ出したヨシとも重なる理由。そして、弾圧されても魂を燃やしてグラフィティに向き合うブリストルの人たちの情熱が、逃げていた2人をいま1度自分に向き合わせる。グラフィティを書く、音楽を奏でるといった表現行為の根源にある自分の意思、誰のためでもなく自分がやりたいからやるんだという思いの大切さを感じ取れる物語だ。
同時に、ブリストルという街に息づくグラフィティというカルチャーへの深い思いも伝わってくる。作者の池田明季哉は一時期、ブリストルに滞在してグラフィティ・シーンを目の当たりにしていた。この熱さを伝えたいと小説に書いて電撃小説大賞に応募し、見事に選考員奨励賞を獲得した。その後、グラフィティに彩られていた現実のベアー・ピットが、市議会の命令で浄化されてしまった現場を見て、ミステリー寄りだった物語を、グラフィティをとりまく政治や社会を含む物語へと編み変えた。
グラフィティ書きにはひとつのルールがある。自分がそれを上回る作品を書けると思えば、すでに書かれたグラフィティの上からオーバーライト、すなわち上書きして構わないというものだ。そんな自信と才能に後押しされてオーバーライトされ続け、残ったグラフィティがアートとして無価値とは思えない。
けれども、やはりグラフィティは迷惑な落書きで、勝手に書かれて困っている人たちが大勢いる。最近も、横浜市にある防音壁にグラフィティで「SAN」と書いた女性が、器物損壊の現行犯で逮捕された。こうした現実の厳しさを理解しつつ、メッセージ性を持ったアートとしてグラフィティが認められ、受け入れられる可能性を、『オーバーライト ――ブリストルのゴースト』を読みながら探りたい。
■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。
■書籍情報
『オーバーライト ――ブリストルのゴースト』(電撃文庫)
著者:池田明季哉
出版社:株式会社 KADOKAWA
https://dengekibunko.jp/special/overwrite/