「防振り」はガラパゴス化で生まれた? 独自の進化を遂げた小説ジャンル「VRMMO」の系譜

「防振り」はガラパゴス化によって生まれた

 「ガラパゴス化」というビジネス用語がある。孤立した環境で独自に進化した状況を指す。結果的に巨大な市場と乖離してしまうため、ビジネスの世界では、あまりいい意味で使われないようだ。しかしガラパゴス化は、必ずしも悪いものではない。今までにない、新しいものが生まれることがあるからだ。たとえば小説の一ジャンルになった“VRMMOもの”のように。

 VRMMOとは、発達したVR技術により作られた、仮想空間を舞台に、多数の人々がプレイするゲームのことである。小説では、自分の五感をアバターに没入させた、RPGの場合が多い。いうまでもなく現在では、まだ不可能な技術だ。

高畑京一郎『クリス・クロス 混沌の魔王』

 こうした仮想のゲーム世界を舞台にした小説の、日本における嚆矢は、高畑京一郎の『クリス・クロス 混沌の魔王』だろう。第1回電撃ゲーム小説大賞の金賞を受賞した名作だ。ただし、この設定が一般的に広く認知されるには、川原礫の『ソードアート・オンライン』の登場を待たねばならなかった。世界初のVRMMORPG「ソードアート・オンライン」の参加者約一万人が、ゲームマスターにして開発者により、ゲーム内の世界に閉じ込められる。ゲームから解放される条件は、舞台となっている「浮遊城アイクンラッド」の最上階にいるボスを倒すこと。しかしゲーム内で死ぬと、現実世界のプレイヤーも死ぬことになる。かくしてデス・ゲームと化した世界で、主人公たちがさまざまなバトルとドラマを繰り広げながら、最上階を目指す。

川原礫『ソードアート・オンライン』1巻

 というのが簡単な粗筋だ。この作品がヒットしたことによりシリーズ化され、巨大なコンテンツに成長したことは、周知の事実だろう。それを受けてネット小説でも、VRMMOものが増えていく。正確にいえばVRMMOものではないのだが、橙乃ままれの『ログ・ホライズン』も、その後押しをした。ざっくりとした分け方だが、純粋にゲームで遊ぶ内容と、デス・ゲームものが両立するようになり、大いに人気を博す。そして、ネットの小説投稿サイト「小説家になろう」で、“VRゲーム”という独立したジャンルが作られるほど、VRMMOものは増大していくのだ。

 かくしてVRMMOものは、独自の進化を遂げた。しかそれゆえに、一般常識からかけ離れていく。多くの作品はRPGであり、プレイヤーは魔獣などを殺すことでレベルアップしたり、金を得たりする。だが日本で、仮想とはいえ直接的に生き物を殺すことが五感で体験できるゲームが、許可されることはありえないのではないか。ましてやプレイヤーが別のプレイヤーを殺す“PK(プレイヤーキラー)”など、実装されるはずがないのだ。

 しかしVRMMOものは、そこに拘らない。多数の作品が生まれることにより、こういった点は、暗黙の了解になってしまっているのだ。まさに独自の進化を遂げた小説ジャンルになっているのである。だが、それでいいのだ。ガラパゴス化した世界に、外側から文句をつけても意味がない。肝心なのは、物語のコードではなく、内容が面白いかどうかなのだ。アニメ化もされた夕蜜柑の人気作『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います』を読めば、その独自の魅力が理解してもらえるだろう。

 主人公のメイプル(本条楓)は、親友のサリー(白峯美沙)に誘われ、『New World Online』というVRMMOを始めた。痛いのが嫌なメイプルは、初期設定のときにステータスポイントを防御力に極振り。ひとりで遊んでいるうちに、偶然が重なり防御力をアップさせ、たいていの攻撃は受け付けなくなる。そしてサリーと一緒に参加したイベントで、本来なら倒せないボスを撃破。運営すら慌てさせる、特別な存在になっていく。

 ストーリーはメイプルが、防御力特化の特殊プレイヤーになっていく過程を、調子よく描いていく。スピード特化のサリーが加わると、彼女もPS(ブレイヤースキル)が尋常ではない、特殊な存在であることが明らかになる。さらにギルド「楓の木」を作り、総勢8人になるのだが、他のメンバーもどんどん特別な力を身に着け、ゲームの台風の目となっていくのだ。メイプルたちが強くなる様子と、その強さを披露することになるイベントを交互に織り交ぜたストーリーは、ストレス・フリーで気持ちよく読める。斜め上の行動ばかりしているのに、結果的に強くなっていくメイプルが愉快。巨大化した亀に乗って、毒の雨を降らせるシーンには笑った。こういうゲームで実際に遊べたなら、さぞや面白いことだろう。

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