『鬼滅の刃』善逸は極めて「ジャンプ的」なヒーロー 二重人格の“黄色い少年”の強みとは?

『鬼滅の刃』我妻善逸の魅力に迫る

単行本の16巻で現れた第3の人格

※以下、ネタバレ注意

『鬼滅の刃(16)』 表紙

 単行本の16巻――「岩柱」の悲鳴嶼行冥のところで修行にはげんでいた善逸のもとに、一通の手紙が届く。書かれていたのは師匠が自害したという衝撃的な内容であり、その理由は、善逸の兄弟子の獪岳が鬼になってしまったからだった。

 手紙を読んで以来、急に無口になった善逸を心配する炭治郎に向かって、彼はいう。「やるべきこと、やらなくちゃいけないことがはっきりしただけだ。(中略)これは絶対に俺がやらなきゃ駄目なんだ」。このとき、善逸は遠くを見据えて静かな闘志を燃やしているが、これはいつものヘタレな彼でも眠っているときに現れる勇敢な彼でもない、いわば第3の人格(あるいは本当の彼)だといっていいだろう。

 もちろん、ここで善逸がいっている「俺がやらなきゃ駄目」なこととは、師匠の敵討ちであり、同門である「雷の呼吸」の使い手が鬼になってしまったことの“後始末”である。やがて彼は、鬼殺隊と上弦の鬼たちの最終決戦の場、「無限城」の内部で、獪岳と再会する。そして鬼殺隊入隊後、初めて隊の指令とは別の、“漢(おとこ)として負けられない戦い”に挑むのだった。

 ここでふたりの死闘がどういう結末を迎えたのかを書くのはよそう。だが、この戦いの最後に、善逸は「雷の呼吸」の「漆(しち)ノ型」という新しい技を見せる。これは彼が独自に考えた7つ目の技であるが、簡単に完成したものではないだろう。天涯孤独だった自分を、何があっても見限らなかった「爺ちゃん」(桑島)のことを想い、血の滲むような努力の末、ひとりで作りあげた執念の技に違いない。

 獪岳との壮絶な戦いを終えて気を失った善逸の心の中に、桑島の幻が現れて、涙をこぼしながらこういう――「お前は儂(わし)の誇りじゃ」。

 もし、『少年ジャンプ』がいまだに「友情・努力・勝利」の三本柱をテーマに掲げて漫画作りをしているのならば、仲間や師匠のことを常に想い、人を助けるために、地獄のような鍛錬にも耐えることのできる善逸という少年は、極めて「ジャンプ的」なヒーローだといえるかもしれない。いずれにしても、鬼殺隊が強敵・鬼舞辻󠄀無惨を本当の意味で倒して完全な「勝利」をおさめるには、この、人の弱さも強さも知っている――いくつもの顔を持った“黄色い少年”の力が必要なのは間違いないだろう。

■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。@kazzshi69

■書籍情報
『鬼滅の刃(3)』
吾峠呼世晴 著
価格:440円+税
出版社:集英社
公式サイト

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