『鬼滅の刃』胡蝶しのぶ、美しき「毒娘」の魅力とは? 陰と陽の混じりあった“個性”に迫る

『鬼滅の刃』胡蝶しのぶの魅力とは?

漫画家を刺激する「毒娘」の存在

 澁澤龍彦の『毒薬の手帖』に、次のようなエピソードが出てくる。

「十九世紀の毒物学者フランダンが伝えているところによれば、古代エジプトの王侯(ファラオ)たちは敵への贈り物として、その体内に毒をふくんだ娘を差し向けるのだった。娘たちは永いあいだに少しずつ毒を飲まされるので、免疫性となっているからよいが、そんなことを知らない相手がうっかり接吻でもすれば、いっぺんで死んでしまう。アレクサンドロス大王も、こんな風にして人工的に有毒性体質にされた美しい娘を、インドの太守から贈られたそうだ。」(『毒薬の手帖』澁澤龍彦(河出文庫)より)

 どうやらこの手のエピソードは、ある種の漫画家たちの想像力を刺激するらしい。たとえば、三原ミツカズは『毒姫』で、藤田和日郎は『美食王(ガストキング)の到着』で、それぞれ蟲惑的(こわくてき)な「毒娘」を描いた(いずれも傑作なので、未読の方がいればぜひ読まれたい)。

 さて、ここまで拙文を読んでいただき、何かピンときた方もおられるかもしれない。そう、現在、飛ぶ鳥を落とす勢いで大ヒットしている吾峠呼世晴の『鬼滅の刃』にも、強烈な個性を持った「毒娘」が登場する。鬼狩りの組織「鬼殺隊」隊士の最高位、「柱」のひとりである胡蝶しのぶだ。

 胡蝶しのぶは、「蟲の呼吸」を極めた「蟲柱」である。かつて目の前で鬼に両親を惨殺されるという悲しい過去を持つが、そのとき助けてくれた「岩柱」の悲鳴嶼行冥の勇姿を見て、自分も「まだ破壊されていない誰かの幸せを守りたい」と願い、姉とともに鬼殺隊に入隊した。姉の名は、カナエ。「花の呼吸」の遣い手だったが、あるとき鬼との戦いに破れ、散華した。しのぶはそんな姉の想いを受け継いで、「柱」にまでのぼりつめた努力の人だ。

自らの「弱点」を活かした技

※以下、ネタバレ注意

 しのぶの特徴として、まずは薬学全般の知識に長けていることが挙げられよう。そして、蝶のように舞う華麗な剣さばきで、毒を仕込んだ刀を敵の身体に深く突き刺す。これは、体が小さく、筋力も弱い彼女には自力で鬼の頚(くび)を斬ることができないという「弱点」ゆえの剣技なのだが、そうした負の要素をものともせず、自らの知識と体格を活かした得意技を編み出したところに、彼女の前向きなすごみがあるといえよう。

 そして、冒頭で引用した古(いにしえ)の「毒娘」たちのように、しのぶもまた、自らの身体に毒を仕込んでいる。彼女は、長い年月をかけて鬼が嫌う藤の花の毒を摂取し続け、自らの身体を「武器」にして、それを隠して姉の仇である上弦の鬼・童磨に食われるのだった。だが、それだけで彼女の「計画」が完遂するわけではない。その程度の毒では上弦の鬼を滅ぼすことはできないのだ。そこで彼女は、もうひとつの手をうっていた。

 栗花落カナヲという、もともとしのぶの妹のような存在であり、いまは彼女の「継子」と呼ばれる弟子になっている鬼殺隊隊士に、藤の花の毒で動きを弱らせた鬼の頚を斬るよう命じていたのだった。その師匠の命がけの願いを、カナヲが果たすことができたのかどうか、それは実際に本を開いてその目で確かめてほしい。

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