陽キャ美少女×陰キャ少年の恋が生まれた瞬間はいつ? 『僕の心のヤバイやつ』のムズムズした関係

陽キャ美少女×陰キャ少年の恋が生まれた瞬間はいつ? 『僕の心のヤバイやつ』のムズムズした関係

 「人が恋におちる瞬間をはじめて見てしまった」とは、『三月のライオン』の羽海野チカが美大を舞台に描いた漫画『ハチミツとクローバー』に出てくるセリフ。ヒロインの花本はぐみがコロッケを食べている仕草を、竹本祐太がジッと見つめる表情に何かを感じた真山巧が、心の中でそう発する。年上の女性への入れられぬ恋心に苦しむなど、恋愛の機微に長けた真山ならではの直感とも言えそうだが、そんな彼を連れてきて、「人が恋におちる瞬間」を当ててもらいたい漫画がある。桜井のりお作『僕の心のヤバイやつ』だ。

 宝島社の『このマンガがすごい!2020』オトコ編で第3位に入り、山口つばさ『ブルーピリオド』が受賞したマンガ大賞2020でも最終候補作にノミネートされた人気作で、描かれているのは中学2年生の少年と少女による恋愛ストーリーだが、そこから「恋におちる瞬間」を読み取るのが実に難しい。

 市川京太郎は内向的な性格で、友だちはおらず教室で『殺人大百科』を読み耽っては誰かを殺したいと妄想している。そんな市川が「最も殺したい女」が山田杏奈という美少女。長身で雑誌のモデルもやっていて、いつも友人に囲まれている。陰キャの市川とは正反対の陽キャで、その間は何億光年も隔てられている。

 それほどまでのギャップがある2人が、いつしかお互いを意識するようになるという恋愛ストーリーのはずなのに、『僕の心のヤバイやつ』をそう断言しづらい状態に置いているのが、市川と山田がそれぞれに「恋におちる瞬間」を見極める困難さだ。友だちに囲まれて微笑んでいる山田が、自分を見る時はさげすんだような目をしているように市川には思えた。「底辺を見下している」と信じて「後悔させてやる」と心で叫び、その真っ白な肌にナイフを突き立てる瞬間を妄想していた。

 そんな山田と市川が、昼休みの図書室で2人きりになってしまった。山田はおにぎりを食べていた。山田は言った。「ファフエフォッ、いファフォッへ」。何を言っているのか分からない。ドキドキしながらも「そっ…すね…」と返事をすると、山田は「よかったぁ」と安心した表情を見せた。これは刺し殺す絶好のチャンスだと、市川はいつも持っているカッターナイフを取り出して山田に迫る……ことはなく、その後の山田の行動を隠れて眺めていた。

 菓子を取り出しニコニコしながら鼻歌まじりに頬張り、社会科の授業で発表する内容を大判の模造紙に書き始めたものの、文字は下手で貼るための紙を手でちぎろうとする山田を見かね、市川はカッターナイフを取り出して手渡す。何でカッターナイフなんて持ち歩いているんだと訝り、嫌悪感たっぷりに見下すどころか、「やったー」と笑顔で受け取り、作業を続ける山田。これが実にかわいらしい。

 社会科の授業で発表となって、山田が頑張って作り上げたペーパーが、綺麗に書き直されていたのを見て、泣きそうになっている山田。お互いが気になっていそうなクラスメートの男子と女子を、図書室で2人きりにさせてあげようと、その場を離れる口実として市川に猫のまねを要求し、2人で猫の鳴き声をあげる山田。そんな山田と接するうちに、モデルであることを鼻にかけ、自分のような陰キャを見下している嫌な女と、勝手に抱いていた市川の過剰な自意識から湧き出る被害妄想が砕かれる。

 幾つもの事例が積み重なっていった先、体育の授業中バスケットボールがぶつかって鼻血を流し、医務室に運び込まれた山田をなぜか追いかけた市川は、翌日のモデルの仕事をキャンセルしなければならなくなったことで、母親に「ごめんなさい…」と謝る山田を見て涙を流す。そして気づく。「僕は山田が好きなんだ」と。

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