ロボット研究者・石黒浩が語る、“人間らしいロボット”の現在地 「ロボットにも個人的欲求と社会的欲求が必要」

ロボット研究者・石黒浩インタビュー

状況を限定せず活動・情報収集するibuki

――石黒さんのこれまでの一般向けの著作で語られていないアンドロイドとしてはibukiもいますよね。こちらは?

ibuki -Breathing life-

石黒:ibukiはERATO(科学技術振興機構が実施する戦略的創造研究推進事業におけるプログラムの一つ。Exploratory Research for Advanced Technologyの略称)で作ってきたアンドロイドです。昔、僕の娘をモデルにしたアンドロイドを作ったことがありましたが、それを除けば僕らは大人のアンドロイドばかり作ってきました。ところが大人として作ると、大人並みの知能を持った存在として作らないといけない――それに触れる人が大人であることを当然、期待するからです。そこで状況などを限定して対話可能な存在として作ったのがERICAです。ERICAは状況を限りながら、少しずつ対応できる領域を増やしていく存在です。

 そうではなく、いきなり社会で受け入れられてみんなから親切にされて情報を収拾できるアンドロイドが作れないかということで考えたのがibukiです。ロボットのハードウェアの研究をしている仲田佳弘助教がつくった子どものアンドロイドで、これが生々しいんです。人間は子どもに対して「守らないといけない」とか「親切にしないといけない」「困っていたら助けなくては」と感じる本能を刺激されます。もっとも、ibukiはまだ完成していないので改良しないといけないんですが、それでも予想通り色んな人がibukiは「関わりやすい」と言ってくれています。社会の中で自律的に自ら情報収拾をして賢くなるには子どもの姿かたちをしていた方が受け入れられやすいんですね。

――未成熟な存在の方が応援されやすい、というのはよくわかります。

石黒:ibukiはもうひとつ特徴があって、今までのアンドロイドは動き回れなかったんですが、ibukiはモータとバッテリを備えていて車輪を使って長時間動き回れます。なぜ車輪かというとアシモのように二足歩行をさせるには強力なモータが必要になるからです。つまり、もしコケてしまうと周りにいる人が重たいモータのせいでケガしてしまうんですね。それに重すぎると子どもらしく見えないんですよ。

――たしかに。

石黒:ibukiの移動に関して重要なポイントは、人間が歩くときに生じる「肩が上下して揺れる」という動きを再現していることです。こうするとibukiと並んで移動する人は、人間と歩いているような感覚になります。そして人間らしく歩いているものに対しては、人間のように対応するということがだんだんわかってきました。走っているクルマに対しての距離感と、歩いている人間に対する距離感は違いますよね? ibukiは車輪移動だけれども人間に近い距離感で接してもらえるのではないか、ということを今確かめているところです。人間が人間に対して感じる「人間らしさ」は分解していくといくつもの要素に分けられますが、人が移動しているときにも感じているものがあるということです。

次世代メディアとしての家庭用ロボットのブレイクスルーはいつ来るのか?

――ペッパーが出てきたときにはもうちょっとで家庭用ロボットが出てくるのかなと思っていましたが、結局普及したのはスマートスピーカーでした。今後は日常で使われるデバイスはどう変わっていくと思いますか?

石黒:僕らの次の挑戦はまさにそれなんですよ。僕らは手のひらサイズの小型の対話用ロボット・コミューというものを作っています。このコミューくらいの小さいロボットで、身振り手振りがあり、表情があって、人の意図や欲求に対して反応するものでないと一般家庭には普及しないだろうと。あとは壊れにくくないとダメなので、それをクリアするものをあと5年から10年で作りたいと思っています。

――多くの人がSiriやAlexaなどに対して不満に感じている対話のスムーズさはクリアできる?

石黒:自然言語処理の技術は、昔と比べてはるかに進歩してきています。そこに身振り手振り、視線といったモダリティ、表現方法と合わせて、ロボットと人間がコミュニケーションするためにも使われるものにしたいんです。

 いわば、コミューにERICAの対話技術をはじめ僕らの研究成果を全部載せした、スマホの次に来る対話デバイス、コミュニケーションメディアです。それを作りたい。通訳にも情報提供にもスケジュール管理にもカウンセリングにも使えるものです。

――最近ではロボットに対する企業の関心はどんなところにありますか?

石黒:僕らと共同研究している企業に限れば、いま言ったような「スマホの次のメディアをいっしょにつくりたい」という点ですね。対話型ロボットに興味があると言ってくれるところといっしょにホテルで対話するロボット、遠隔操作して観光案内するロボット、在宅勤務ができるようなロボット……そういうものを作っています。すでに「壊れにくいならすぐにでも使いたい」という声は少なくないです。

――今の在宅勤務はせいぜいZOOMとSlackを使ったものですが、次の時代には遠隔操作ロボットありきになりそうですね。その昔は石黒さんがジェミノイド(自分そっくりのアンドロイド)を会議に出席させて遠隔操作で参加したら「出席とは認められない」と言われたという笑い話もありましたけど。

石黒:今ならさすがにもう大丈夫でしょう。世の中的にも在宅ワークをやれと言っているわけだから。そもそも日本の通勤電車は込みすぎているわけだから、もともとフレキシブルでよかったはずなのに、コロナウイルスが出てこなかったら変えられなかったということがおかしいんです。

――研究のボトルネックになっていることは?

石黒:研究というより「普及」のボトルネックがありますね。家庭用ロボットを普及させるには安価でないといけない。安く売るためには、大量生産の部品を使わないと安く作れない。スマホは世界規模で量産されているからあの値段で売られているし、スマホで使われている部品も安く手に入ります。でもスマホの部品だけでロボットを作ろうと思っても限界がある。僕らが将来提供したいと考えているロボットだって、いきなり世界のマーケットで売れるくらい大量に作らないと安く売ることができないし、高すぎるとお客さんから「対価に見合わない」と思われてしまう可能性がある。じゃあロボットをそれだけたくさん作らせてくれるところあるのかと。

 価格の問題以外にも、スマホの部品だとか安く買える既成品でロボットを作ると壊れにくく作るのが難しいとか、いくつか課題があります。

――石黒さんの大学人としての本当の「最後の講義」まであと何年ですか?

石黒:いま56歳で65歳が定年だから8、9年ですね。まあ、定年になったあとも何かしらロボットの研究・開発は続けていくと思います。

■書籍情報
『最後の講義 完全版 石黒浩』
著者:石黒浩
価格:¥1,430(税込)
出版社:主婦の友社

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