ロボット研究者・石黒浩が語る、“人間らしいロボット”の現在地 「ロボットにも個人的欲求と社会的欲求が必要」

ロボット研究者・石黒浩インタビュー

マルクス・ガブリエルの主張は何がおもしろいのかわからない

マルクス・ガブリエル『新実存主義』(岩波新書)

――このサイトの編集者から「マルクス・ガブリエルの自然主義批判についてどう思うか訊いてほしい」とリクエストを受けています。以前、対談されてますよね?

石黒:うーん……正直言うと、僕は彼の言っていることは別におもしろいと思わなかったんだよね。ドイツ人は僕の作るヒューマノイドに対して非常に抵抗を示すことが多いけど、それはなぜかと彼に訊いたんですよ。彼も「その気持ちはわかる」と言うんだけど結局持ち出すのはカント以来の「人間」とそれ以外を分けて、人間が一番偉いという考え方なわけです。それって何が新しいのかわからなかったな。

――さっきの話とつなげると、ドイツ人は石黒さんの作るヒューマノイドを見ると「人間の尊厳」が損なわれているような印象を受ける、と。マルクス・ガブリエルの思想は「人間の心は脳科学・神経科学がいくら発達してもわからない」という立場で、人間中心主義的に見えます。

石黒:僕らは未来永劫、科学的に心ないし意識や欲求、感情について説明できないとは思っていないんですよ。人間はある種の分子の機械なので、簡単ではないけれども解きほぐしていけばいつかは説明できると信じている。そうしないと科学も技術もやってられないですよ。「科学では説明が難しい」と言うこと自体にはなんの意味もない。簡単なわけがなくて、難しいからやっている。科学では不可能だと言う根拠が知りたいですね。「できない」と言うなら「できない」と証明してほしい。

――ただ石黒さんの考えと似ているところも一部あると思います。マルクス・ガブリエル的にはロボットを見てAさんとBさんが「心がある」と思ったとすると、それは単なる主観ではなく実在的だ、という立場です。見方が交差する「意味の場」があれば、そこには「心がある」と言える、と。石黒さんは、「心」は見る側が「そこにある」と思えば社会的にはあるのと同じだからロボットに心を実装することは可能だ、という考えですよね。

石黒:もちろん、「心がある」と思える現象を起こすための複雑な機能、プロセス、しくみは必要です。そういうものがなければ心は感じようがない。

 さっきも言ったように僕の立場は「心」もいつか科学の言葉で説明できる、というものであって、ただ今現在では難しいから「『心』とは、ある対象に対して、見る側が感じる主観的現象だ」ととりあえず説明するのがわかりやすいと言っているだけです。心を生み出す複雑なしくみを解明すること、そういうものを作り出すことを目指すのを放棄したことはないです。

――なるほど。

石黒:僕らのつくったもの、僕らの研究スタンスに対してマルクス・ガブリエルみたいな反応をされることは珍しくないんですよ。このまえバチカンでローマ教皇が主催する生命倫理委員会という宗教関係者や専門家が集まるところに講演に行って『最後の講義』と同じことを話したら、どよめきが起こったからね(笑)。人類はいずれ機械の身体になるだろうみたいな話をしたらやはり「いや、人間の尊厳が大事だ」という反応で。「じゃあその尊厳とは何ですか?」と問うとまともな答えが返ってこない。講演は40分の講演でそのあと似たような質問を30分以上されました。それくらい抵抗は強いです。

 ただよく言っているけれども、昔の価値観で言えば義手や義足、人工臓器を付けて生きる人は「人間」とは認められなかったはずなんです。身分や差別によって「人間」と認められない人もたくさんいました。つまり、人間の価値観、「人間とは何か」の定義は変わっていくわけで、「人間の尊厳」だって固定的なものではないわけです。「尊厳」という言葉は「尊くて手を出してはいけないもの」という定義ですから、「変えてはいけないもの」という直感があるでしょう? でもそれはあくまで今までの経験と常識でつくられたもので、未来の人が「これが尊厳だ」と感じるラインは絶対に変わっていくんですよ。

――そうですよね。

石黒:……というようなことを言ったけど、バチカンで話したときは多くの人に「別世界から来た人間のようだ」と言われました.(笑)。

ERICA――会話を成立させるためには個人的欲求と社会的欲求が必要

――最近読んでおもしろかった本は?

リサ・フェルドマン・バレット『情動はこうしてつくられる 構成主義的情動理論』(紀伊國屋書店)

石黒:今読んでいておもしろそうだなと思っているのがリサ・フェルドマン・バレットの『情動はこうしてつくられる 構成主義的情動理論』。情動に関する理論も先入観や古典的な考え方から離れてだいぶ進歩してきています。僕らは意図と欲求を持ったアンドロイドとして「ERICA」を作っていますが、それにあたっては正しい脳科学的な知見が欲しいわけです。ERICAを開発するために過去の情動に関する文献を読んでいても矛盾点や疑問なところがあったんだけれども、バレットはそういうものを解決しようとして考えられているアプローチなので、われわれの研究開発の助けになるかもなと思って読んでいます。

――先ほどの話で言うとERICAは「心があるように見える」ではなく「心」(のうちの意図と欲求)を作ろうとしているものですよね。ERICAを通じてわかってきたことは?

石黒:ERICAは人と関係を築きながらさまざまな話をすることを目的に機能をデザインしています。このプロジェクトを通じて、人間には固体保存欲求と種族保存欲求があり、個人的な欲求と社会的な欲求がある。ロボットをつくるにあたってもそれらすべてのモチベーションを持つことが必要であり、そのバランスを取ることが人と関わる上で重要だとわかってきました。もちろんロボットだから寿命があるわけではないので単純な意味での生命維持のための欲求ではありません。

 具体的な話をした方がわかりやすいと思うんだけれども、ERICAはATR(国際電気通信基礎技術研究所)の受付に、初めて訪問した人と5分から10分雑談する目的で置いています。初対面の相手だから深い話をする必要はなくて、浅い話をいろいろします。そのためにはさっきいった個人的な欲求と社会的な欲求を入れる必要があるとわかってきた。

 なぜ初対面の相手との対話をさせているかと言うと、現状の対話システムでは親しい人間同士がするような、前提をはしょった会話はできないからです。友だち同士とか同じ業界の人間同士の会話には「この言葉は説明なしでも通じる」といったいろいろな前提があって、知らない人が横から聴いてもよくわからない。そういう対話をロボットにやらせることはなおさら難しい。

 一方、親しくない相手とは「それってどういう意味ですか?」とかってひとつずつ丁寧に話をしていきますよね? そういう対話であれば機械にも比較的認識がしやすい。初対面の相手との対話の中で、たとえば長く会話が続いた人に対してはERICAは個人的な情報も話し、会話を深めていきます。今では5分から10分は会話ができるようになりました。

エリカは23歳 美しすぎるアンドロイド

――ペッパー相手のときはとてもじゃないけど会話にならなかったし、今でもスマートスピーカー相手に「対話」は成立しないことを考えると、すごいですね。

石黒:ERICAには人と関わりたいと思う欲求を入れています。やっているうちにわかりましたが、相手との関係において自分がどういう立場にいるのか、好かれているのか嫌われているのかという社会的な立場を認識しないと個人的な欲求が満たせない。だから社会的な立ち位置、立場を認識したいという欲求を持たないといけない。

――個人的な欲求と社会的な欲求がないと人間らしい会話ができない、というのはおもしろいですね。

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