『SPY×FAMILY』のおもしろさは“3つの大きなウソ”にアリ 漫画業界のルールを覆す斬新設定を考察
成立のカギはアーニャの超能力?
では、なぜ本作は3つもの大きなウソを抱えながら世界観を破綻させることなく、おもしろく読ませてくれるのか。それはおそらく、超能力者の娘・アーニャの存在が効いているのだと私は思う。彼女が物語の要所要所で「ちち」と「はは」の心を読んで、人知れずツッこんだりびっくりしたりしながら状況を整理していくことで、この漫画の世界を構成している複雑な要素は「再編集」しなおされているのだ。つまり、アーニャというかわいい超能力少女の心の中をいったん通過することで、「スパイの世界」と「殺し屋の世界」は「超能力者の世界」とひとつに混じり合っているといっても過言ではない。
それにしても、このアーニャのなんとかわいらしいことか。優等生でないどころか、時に邪悪な面すら見せる人間味あふれるキャラクター像も新しい。子供が泣かない世界を作るためにスパイになったという「ちち」(コードネームは〈黄昏〉)もなかなか味わい深いキャラではあるが、それよりもやはり『SPY×FAMILY』を読んだ多くの人々がまず応援したくなるのは、この小さな超能力者のほうではないだろうか。
もともと孤児院で育ったアーニャは昔からあたたかい「家族」を求めており、ほかのふたり(父親と母親)も実は同じぬくもりを求めているのだが、日々任務に追われる彼らはまだそのことをはっきりと自覚してはいない。だがそれも今後、娘の成長を通して自らの本当の気持ちに気づいていくことだろう。そして「ちち」と「はは」もまた同じように成長し、3人は本物の「家族」になるのだ。血のつながりなんか関係ない。要は相手のことをいかに考え、心をつないでいけるかだ。コミカルな描写の奥でそういうことをまじめに描いている本作が、多くの読者の心を打たないわけはないし、その物語のカギを握る重要なキャラとして、「人々の心を読むかわいい超能力者の女の子」というのはまさにうってつけの存在だったといっていいだろう。
■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『ヤングサンデー』編集部を経て、『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。
■書籍情報
『SPY×FAMILY 1〜3巻』
遠藤達也 著
価格:各480円(本体)+税
出版社:集英社