『テセウスの船』は“平成という時代”をどう描く? 原作漫画が問いかけたもの

『テセウスの船』が向き合う“平成”

 2017年から19年にかけて『週刊モーニング』(講談社)で連載されていた東元俊哉の漫画『テセウスの船』(全10巻)が、1月19日から日曜劇場(TBS系日曜夜9時~)でドラマ化される。

SF的アイデアが物語の核

 物語は田村心という青年が1989年に北海道の音臼村の小学校で起きた児童16人、職員5人、合計21人の命を奪った無差別毒殺事件を起こした父親・佐野文吾の事件の真相を究明するミステリーなのだが、ユニークなのはSF的アイデアが物語の核にあること。出産の際に命を落とした妻・由紀の遺品から、彼女が事件のことを調べていたことを知った心は収監されている父親に会うために北海道に戻る。そして父の弁護士に会うために、今は誰も住んでいない音臼村を訪ねるのだが、そこで不思議な霧に包まれ、なんと1989年1月7日の音臼村にタイムスリップしてしまう。

 そこで心は、27年前の父・文吾と自分を妊娠している母の和子と出会う。未来の記憶を持った心が文吾と心を通わす中、由紀が残した資料の通り、毒殺事件の発端となる、ある出来事が起こる。事件を未然に防ごうと行動する心。果たして文吾は冤罪だったのか? だとしたら本当の犯人は誰なのか?

 過去への時間逆行や同じ時間を延々と繰り返すといった時間を題材にした物語は、SF作品における特殊な設定だったが、近年では現代を舞台にした作品でも自然に使われるようになってきている。

 テレビドラマでは、村上もとかの漫画を映像化した現代の医師が幕末にタイムスリップする『JIN-仁-』や重松清の小説『流星ワゴン』などがある。この2作は『テセウスの船』と同じ日曜劇場でドラマ化されている。大人向けという印象が強い日曜劇場で時間モノをやるのは意外に思えるが、人間、年を重ねるほど、過去に強い後悔を残しているもので、できることならやり直したいと考えるものだ。父親や母親と死別しているとなれば、なおさらで、そういった過去に対する後悔を表現する時に時間SFというアイデアは生きるのだろう。

“テセウスの船”とは何か

 『テセウスの船』では、父親が殺人犯として逮捕されたことで苦難の日々を送った青年が人生をやり直すために過去と対峙しようとするという物語が核にある。未来から来たというアドバンテージを使い、過去の事件を防ぐことができれば、最悪の未来を変えられる。しかし、心が事件を防ごうとしても、中々現実は変わらない。

 タイトルの“テセウスの船”とはパラドックスの一つで、物語冒頭で以下のように説明される。

その昔――
クレタ島から帰還した英雄・テセウスの船を後世に残すため修復作業が行われた
古くなって朽ちた部分を徐々に新しい部品に交換していくうちに当初の部品は全てなくなった
ここで矛盾が生じる…
この船は最初の船と同じといえるのか?
これが人間だったらどうだろう

 話が進むごとに、この問いかけがじわじわと効いてくる。

 物語は過去の音臼村を舞台にしたSFテイストのミステリードラマだが、興味深いのは舞台が平成元年だということだ。

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