男性はプロフィール写真だけでお見合い相手を決める? 『婚活迷子、お助けします。』第四話

婚活におけるお見合い写真の重要性

婚活迷子、お助けします。 仲人・結城華音の縁結び手帳

 橘ももの書き下ろし連載小説『婚活迷子、お助けします。 仲人・結城華音の縁結び手帳』は、結婚相談所「ブルーバード」に勤めるアラサーの仲人・結城華音が「どうしても結婚したい!」という会員たちを成婚まで導くリアル婚活小説だ。第4回は、結婚直前で彼氏と別れた中邑葉月が第一回のお見合いに臨む、その心境を描く。見合い場所のホテルラウンジに1時間前に到着した葉月。さすがに早すぎて身の置所なくそわそわする彼女の頭の中を巡るのは?(稲子美沙)

第一話:婚活で大事なのは“自己演出”?
第二話:婚活のためにメイクや服装を変える必要はある?
第三話:成婚しやすい相手の年齢の計算式とは?

土曜の午前中、ホテルのラウンジにいる人たちの半数以上はお見合いカップル

 新宿駅の長い構内を抜けてたどりついたそのホテルに中邑葉月が最後に訪れたのは昨年の秋、ハロウィン仕様で人気を博していたケーキバイキングを、腹がはちきれる寸前まで友人と堪能したときだ。10月に入って今年も気合の入れた装飾がロビー全体に施されているのを見まわしながら、そういえば最近彼女と会っていないなと思い出す。結婚相談所に入会したと知ったら、彼女はなんと言うだろう。付き合っていた恋人のことを「なんだかんだオレサマっぽくて私の好きなタイプじゃないけど、葉月がいいならいいんじゃない」と評していたくらいだから事の顛末にはそれ見たことかと笑うかもしれないし、商社勤めで仕事が第一の子だから「私はそこまで結婚したくないけど、まあ、葉月がしたいならいいんじゃない」とやっぱりどこか突き放した調子で笑うかもしれない。

 葉月は、柱に反射した自分の顔を見て、小さく息を吸った。

 ブルーバードを訪れて、即入会したのが9月の第三土曜日。10月の第一土曜日に最初の見合いを組まれるのが早いのか遅いのかはわからないが、葉月自身は自分で決めたこととはいえ、スピード感にいまいちついていけない。この2週間のあいだに元恋人の荷物で本人が不要だと言っているもの(パジャマとかマグカップとかいずれ結婚することを見越してペアで買ったものたちだ)は少しずつ片づけたものの、あとでとりにくると言ったまま時間をあわせられずにいるシャツの替えだのコンタクトの買い置きだのといったものたちは、かきあつめても段ボールひと箱ぶんくらいにしかならなかったものの、部屋の隅で妙な存在感を放っている。プレゼントされた雑貨やアクセサリーは、思いきれずにそのままだ。

 話し合いをかさねている間、彼に対する気持ちが少しずつ静かに引いていくのがわかったし、この人と一緒に未来を歩むことはできないとはっきり自覚した。やりなおしたい、やりなおせる、なんて思っていない。けれどまだ気持ちが残っているのは事実で、そう簡単にはわりきれない。別れた、と友達に伝えることさえ今はまだしんどく、早々に見合いを組んでもらったのは休日をひとりで過ごさずに済んだぶんありがたいが、やはり心と身体がちぐはぐになったような落ち着きのなさを覚えるのだった。

 ――結城さんは、さすがにまだ来てないよね。

 ブルーバードの所属する結婚相談所連盟の規約では、見合いの10分前には現地に到着していなくてはならない。待ち合わせは10時50分にロビーラウンジの入り口、初回なので私がおともします、10時半には到着しておりますので何かあればお電話ください、と結城華音には言われていたが、妙に早起きしてしまい10時に到着してしまった。かといって、先に店に入ってお茶を飲んでいるのもNGだと言われている。近くのコーヒーショップで時間をつぶすべきだったか、けれどうっかり煙草のにおいでもついてしまったら印象は最悪だ、と葉月は何度もトイレに出たり入ったりをくりかえし、自分の全身とメイクの状態をくまなくチェックする。浮かべる笑顔がどうもぎこちないのは気のせいだろうかと、何度も鏡の前で練習する。

 そうしているうち、落ち着きなくうろうろしている姿を相手に見られていたら印象が悪いのではないか、と思い直し、あいたソファを探すことにした。

 すると、ジャックオーランタンの置物やオレンジ基調の飾りつけに目を奪われて昨年は見過ごしていたが、ロビーの一角にギャラリーが設置されていることに気がつく。期間限定で和洋問わず現代作家のつくった食器を集め展示即売を行っているらしい。元恋人はどちらかというとサッカー観戦やドライブ、バーベキューなど心や身体が陽に躍動するものが好きで、葉月が物静かな場所に行こうと誘うと渋い顔をした。積極的にいやだとは言わなかったけれど、あまりに気乗りしなさそうな態度をあからさまに出すので、やがて葉月は誘わなくなった。私はあなたの望むところについていって楽しむ努力をするのに。という小さな不満は見てみないふりをした。

 伊万里焼に白山陶器、北欧風のガラス食器に、びいどろ。普段使いできるものだけでなく、壁に飾りたくなる絵画のような皿もあれば、こんな一枚板のような皿を一般家庭でどう使ったらいいのだろうと悩んでしまうものもある。そしてふたたび思い出す。

 ――そういえばあの人、食器にもこだわりがなかったなあ。

 長崎の波佐見焼や金沢の九谷焼を見に行きたくて、ついでに旅行するのはどうかと誘ったけれど、やっぱり気乗りしない顔をしていた。本人は表情に出していないつもりなのだろうが、鼻の頭に皺がよって唇がすこしすぼむから、すぐわかるのだ。それで葉月が、やっぱりいいや、友達と行くよ、と言い出すまで待っている。自分が断ったわけではないという体裁を守るために。ああそうだ、皿なんて安物のほうが丈夫だしシンプルだし使いやすいよと言われたこともあった。気分だけじゃなくて見た目の彩りは味も深めてくれるんだよと説明しても、そんなわけないじゃんと軽くばかにしたように笑って……。

 ――だめだ。文句ばっかり出てくる。

 つきあっていたときは「しょうがないなあ」と受け入れられていたものが。おそらくともに暮らしはじめたとしても「この人はそういう人だから」と諦められていただろうことが。別れた今はふつふつと怒りの火種となって葉月の心をささくれだたせる。

 ――やめよう。こんな気分でいたらお相手にも失礼だ。

 葉月は皿を見てまわるのをやめて、おとなしく壁際のソファに座って待つことにした。前の前の恋人と別れたときはまだ大学生で、世の中には楽しいこと、新しく触れるものがたくさん溢れていた。気を紛らわせるのは簡単だった。けれど社会人になってからの4年、彼とともに過ごした時間は生活における比重がかつてのそれとまったく異なり、さらには異性に限らず、心弾ませるような出会いそのものが日常に転がっていることもないためか、ついつい心が過去に引っ張られ続けてしまう。

 ――だから、ブルーバードに入ったのはよかった。よかったんだ。

 待っているあいだ文庫本でも読もうととりだしかけて、やめる。どうせ内容には集中できず、なにかにつけて元恋人とこじつけ思い出に浸るであろうことは想像にかたくなかった。かわりにホテルを往来する人をぼんやり眺める。

「土日の11時、ラウンジにいるお客さまの半数以上がお見合いのカップルだと考えていただいてかまいません」

 今日の相手に会うと決まって、見合いにおける実際的な説明を受けるため、訪ねた事務所で所長の紀里谷はそう言った。「ですから、自分たちがどう見えるかなんて心配しなくていいんですよ。誰もあなたたちのことは見ていません。何度も同じ場所で面会を重ねれば顔見知りができる可能性もないではないですが、いまの世の中、ホテルでお見合いする人は山ほどいますし、そのうちの一人と毎回、同じ日と同じ時間に遭遇する可能性はそう高くないでしょうから」と。

 結婚相談所に入会した、と友達に伝えられずにいる本心を見透かされたような気がした。最初に結城を知った喫茶店で、対面していた会員らしき女性の言葉がよみがえる。――そんな媚びを売って、自分を曲げて、幸せになれるとは思いません。

 そう。媚びていると思われたくないのだ。結婚したくて必死なのだあの女は、と笑われるのもいやだ。子どもをもつことを考えるなら身体的なタイムリミットは迫っているし、もしできなくても、人生をともに歩んでいけるパートナーはいてほしい。

 結婚したい。ごくあたりまえの感情だ。と、葉月は思う。

 だけど女性がそれを口にしたとたん、引いてしまう男性がいる。焦ってる、と笑われることもある。焦る女はモテないよ。結婚してもらえないよ。そんなふうに職場で悪気なく揶揄されたこともあった。結婚する予定を職場に告げていなかったことに、葉月はいま、心底安堵している。逃げられた、捨てられた、と思われずに済むのだから。 

 そんなことを考えていて、ふと気づいた。――なんで私、ぜんぶ受け身で扱われているんだろう? 私が結婚したくて、私が別れを決めたはずなのに。

「よい食器は見つかりましたか?」

 結城華音に声をかけられたのは、そのときだった。

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