松浦亜弥『ファーストKISS』が切り取った時代 “実力派シンガー”の歌と音楽が令和のいま響く理由
本作の魅力は歌詞だけではない。アルバム全体を通して、バリエーション豊かなサウンドが楽しめるところも魅力である。スムーズでメロウな雰囲気や生音を取り入れたクオリティの高い演奏は、シティポップやAOR的なアプローチとも言えるし、ディスコやファンクなど古今東西の音楽要素を取り入れた編曲、サンプリングを用いた制作手法からの色濃い影響を感じさせる音のコラージュのようなサウンドスケープは、渋谷系的とも言えるかもしれない。
アルバムのオープニングを飾る「ドッキドキ!LOVEメール」は、軽やかなギターのワウがファンキーなポップチューン。タイトルの通り、恋の始まりのドキドキをダイレクトに伝える。楽曲の構成もトリッキーで、A/Bメロでは表拍と裏拍を行き来するビートの取り方が印象的。特にBメロでは、小沢健二の「流星ビバップ」を彷彿とさせる合いの手も入ることで、さらにリズムが強調される。アウトロでは「イエーイ」とガヤが入り、祝祭的な盛り上がりが最高潮に達すると、その幸福感をそのままに、2曲目の「トロピカ〜ル恋して〜る」へ。そんなアルバム序盤の盛り上がりをクールダウンさせてくれるのが、4曲目の「100回のKISS」。この楽曲はミディアムテンポのナンバーで、メロディラインのなめらかさと、少し大人びた雰囲気のサウンドが印象的な一曲だ。10代の恋愛を描いた楽曲が中心でありながら、時折聴かせる大人っぽいフレーズやメロディが作品にさらなる深みを与えているのもポイントである。そして、重厚なアレンジのラストナンバー「初めて唇を重ねた夜」で、強い余韻を残したままアルバムは幕を下ろすのだ。
そして、歌詞やアレンジもさることながら、なんといっても松浦の歌唱力の高さもこの作品を特別なものにしている大きな要素である。のちにつんく♂が、ほぼぶっつけ本番だった(※1)と振り返った松浦の1stステージ『Hello! Project 2001 すごいぞ!21世紀』で披露した「100回のKISS」の完璧な歌唱は、いまだに語り継がれる伝説のひとつだ。当時は歌手デビュー前にもかかわらず、堂々とした歌唱と聴く者を引きつける不思議な魔力はすでに健在で、そのただものではない歌のすごさは『ファーストKISS』に遺憾なく詰め込まれている。ビブラートやしゃくりといったテクニックではなく、些細にも思える抑揚や声色の変化で心の機微を捉えたような微妙なニュアンスを表現してみせる松浦の歌唱は、いわゆる“歌の上手さ”の先にある領域だ。松浦は、成長の過程を見守るような育成型のアイドルではなく、デビュー時点で確かな実力を持っていた完成型のアイドルと言えるだろう。
このように、時代を切り取った歌詞とシティポップや渋谷系サウンドにも接近するような楽曲アレンジ、そして当時のアイドルとしてはずば抜けた歌唱力の3つの要素が高次元で結晶したことこそが、リリースされてから20年以上経過しても色褪せず、このアルバムが評価され続ける所以ではないだろうか。松浦亜弥が“大人”と“子供”の狭間にいた瞬間を2000年代前半の空気感とともに封じ込めたアルバム『ファーストKISS』は、そのフォーマットをCDからサブスクに移してもなお、聴く人の心に寄り添い、聴き直すたびに新たな発見を与え続けてくれるのだろう。
※1:https://natalie.mu/music/column/487002
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