松浦亜弥『ファーストKISS』が切り取った時代 “実力派シンガー”の歌と音楽が令和のいま響く理由
2025年2月、松浦亜弥の楽曲がサブスクリプションサービスで解禁された。「Yeah!めっちゃホリディ」や「♡桃色片想い♡」、「LOVE涙色」といった代表曲が一挙に配信され、当時を知るリスナーから大きな反響を呼んでいる。そのなかでも松浦亜弥の1stアルバム『ファーストKISS』は、アイドルファンのみならず、音楽ファンからもしばしば“名盤”として評価されている作品だ。
2002年にリリースされた本作では、松浦にとって初めてのアルバムであることに呼応するように、初めて出会うさまざまな感情/経験が綴られており、松浦亜弥という存在があらゆる体験を経て、子供から大人へ、そしてひとりのスターへと変貌を遂げる刹那を記録したドキュメンタリー的な作品でもある。ティーンエイジャー特有の心の揺らぎや、まだ不完全な恋愛観、憧れと現実の間で揺れる姿が瑞々しい表現とともに刻まれているのだ。当時のJ-POPの潮流を巧みに取り入れながらも、大人と子供の境界線上の、いわば“汽水域”のようなかけがえのない時期を真空パックしたようなアルバムであり、その刹那的な魅力こそが多くのリスナーの記憶に残り続ける理由だろう。
本作の魅力のひとつは、その歌詞表現にある。2000年代初頭の若者文化を反映したフレーズが随所に散りばめられ、今聴くと、当時を知るリスナーには懐かしく、現代のティーンエイジャーには新鮮に響くはずだ。本アルバムの3曲目に収録されているナンバー「オシャレ!」では、〈裏原宿(ウラハラ)あたりで出会った子と/適当に 騒いで BYE-BYE〉というフレーズが登場する。裏原宿といえば、1990年代後半から2000年代初頭にかけて、ストリートファッションの聖地として若者たちの憧れの場所。ウラハラ系ファッションを身にまとった若者たちが街を行き交っていたのも、この頃である。そんな時代背景を考えれば、「ウラハラでの出会い」は、2000年代らしい日常の一コマとして非常にリアルだ。そして、同年にモーニング娘。がリリースした15枚目シングル「Do it! Now」に登場する〈宇宙のどこにも見当たらないような/約束の口づけを原宿でしよう〉という一節。アイドルのメインストリートを歩むモーニング娘。と、ハロー!プロジェクト初のソロアイドルとして圧倒的な歌唱力を武器にデビューした松浦との対比が、歌詞に登場する〈原宿〉と〈裏原宿〉」の対比としても浮かび上がってくる。
また、バンドサウンドにストリングスのアレンジが映える一曲「そう言えば」の〈プリクラの二人は とても楽しそう〉という一節も、この時代を象徴するフレーズだ。プリクラは、恋人や友達同士の思い出を形に残すための必須アイテムだった。背景を選んだり、撮影後に落書きをしたりする工程までがひとつの楽しみであり、撮ったプリクラを手帳や財布に大切に収めていた人も多いだろう。この歌詞では、単純に「写真の二人」とするより、プリクラを引き合いに出すことで、さらに生々しく幸せだった日々とのギャップを演出している。
松浦にとって3枚目のシングル表題曲でもある「LOVE涙色」の〈LOVE 涙色 あなたのメールを/読みました〉というサビ始まりの歌い出しも有名だろう。最後の一節〈LOVE あの夜で 全て終わったのよ/メールは返さない〉という決心に至るまでの葛藤が描かれているのも妙である。一方で、「ドッキドキ!LOVEメール」では、〈メールじゃこの気持ち/届くのかしら〉〈メールを入れてみよう/返事すぐかな?〉と恋の始まりにしか感じられない心の高まりをメールに託した一曲。いずれの歌詞世界も一貫して〈メール〉が〈あなた〉や〈あの人〉と繋がるための重要な道具として機能している。今でいうLINEやInstagramの既読表示の有無に一喜一憂する感覚に近いのだが、当時は携帯メールが主流で、好きな人からの返信を待つ時間そのものが恋の駆け引きの一部になっていたのだ。
このアルバムから約5年後の2007年になるとシンガーソングライターのYUIが携帯メールでの恋愛の駆け引きをテーマにした「CHE.R.RY」をリリースし、その後は西野カナをはじめとして、さまざまなアーティストが楽曲にメールを登場させるのだが、2002年の段階では「LOVE涙色」や「ドッキドキ!LOVEメール」のように、恋愛の過程を携帯メールという切り口で描いてみせることはまだめずらしかったと思う。
こうしたディテールをあらためて見つめ直すと、『ファーストKISS』は単なる恋愛ソングを集めたアルバムではなく、2000年代初頭の若者文化を記録した作品でもあることがわかる。現代のY2Kブームの文脈から考えると、リリース当時における日常の断片が今日では新鮮に映る。そして、都会的で洗練された大人のライフスタイルを描き出すのがシティポップならば、『ファーストKISS』は裏原宿といった街へ出入りするティーンエイジャーのリアルを映し出した「ユースシティポップ」とも呼べる作品だろう。