鈴木真海子が切り取る日常の情景 心の揺らぎにも向き合った2ndアルバム『mukuge』を語る

鈴木真海子が切り取る日常の情景

『mukuge』をラップで締めるのが鈴木真海子らしさ

鈴木真海子インタビュー写真(撮影=まくらあさみ)

──真海子さんは映画からインスパイアされて曲を作ることがchelmicoでもありますが、今回は何かありましたか?

鈴木:映画でいうと、「in a bubble with u」を作った後に「この曲、『ベティ・ブルー 愛と激情の日々』っぽいな」と思いました。ジャン=ジャック・ベネックス監督による、めちゃくちゃ情緒不安定な女の子が主人公の作品ですが、この曲の歌詞にある〈明日世界が終わっても/ずっと一緒にいよう〉みたいな強い言葉に共通するものを感じたんです。なので最初は映画のセリフからタイトルをつけようと思ったんですけど、結構NGワードを頻繁に言っているので使えないなって(笑)。他に何かいいタイトルはないかなと思って友だちに相談したところ、「in a bubble with u」は造語なんですけど「あなたと2人だけの世界」という割と強めの意味があると教えてもらい、それを採用しました。

──この曲のトラックはパーシーさん(%C)で、ボーカルのレコーディングエンジニアとしてSTUTSさんがクレジットされています。

鈴木:そうだ、この曲もまだアルバムの話が出る前にあったから、結構前に作っていますね。STUTSと飲んでいた時に、「最近作った曲をお互いに聴かせ合おうよ」という話になって、このデモを聴かせたら「めちゃくちゃいいよ! 絶対出した方がいい!」「なんなら僕がレコーディングもミックスもやりたいんだけど」って言うから「じゃあ、マジで頼むよ」って(笑)。スケジュールの関係でミックスまではお願いできなかったんですけど、レコーディングをやってもらいました。

 ちなみに「5月のうみ」も、映画からインスパイアされた曲です。よく「五月病」っていうじゃないですか。実際、4月に新生活が始まり、ゴールデンウィークを経て気分が落ち込んでしまっている人が周りにたくさんいたんです。そのことを歌詞にしようと思ったタイミングで、ヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』を観たのもあって、そこでインスパイアされたことを一緒にして書いていきました。

──なるほど。歌詞にある〈カメラロール見返し/あの日見た木漏れ日〉は、『PERFECT DAYS』を彷彿とさせますね。例えば前作に収録された「R」は、出産されたレイチェルさんのことを歌った曲でした。今回そういうパーソナルな経験、出来事からインスパイアされた曲もありますか?

鈴木:パーソナルという意味では、全体的に日記っぽい歌詞になったなと思います。例えば「紀尾井茶房」という曲も、実際に行ったことのある同名の喫茶店を歌った曲。ニッポン放送でお仕事があった時に空き時間があって、タバコが吸える喫茶店をGoogleマップで探していたとき、偶然見つけたのが「紀尾井茶房」でした。行ってみたら雰囲気がめちゃくちゃ良くて。店内に小さな本棚があって、そこに並んでいる文庫本は読み放題だったり、会社員の方がお昼休憩でのんびりしていたり。「この雰囲気、曲にできそう」と思ってメモしておいたんです。

鈴木真海子インタビュー写真(撮影=まくらあさみ)

──トラックも、トイ楽器がたくさんフィーチャーされていて、ちょっとコミカルな雰囲気があって楽しい曲ですよね。細野晴臣さんのトロピカルシリーズや、大滝詠一さんのノベルティソングにも通じるというか。

鈴木:ああ、確かに。最初ゆっくり始まり急にテンポが速くなったり、1分くらいで終わってしまったり。この曲はトラックだけでなくトップラインも初めてryoくんが考えてくれて。ryoくん色が他よりも強いのかなと思います。あと、前作で「山芍薬」を一緒に作ったshinobu achihaさんも参加してくれていて、ちょっと面白くするのが得意な方なので、いいコンビネーションでできたと思いますね。

──「からから」はちょっとジャジーな感じというか、ドラムのエア感も心地よいです。

鈴木:この、ちょっと軽やかな感じはポカリスエットのCM曲として書き下ろしたのも大きいと思います。ryoくんと23パターンのサビを考えて(笑)、その中からぎゅっと凝縮して1曲に仕上げていきました。CMで使われている部分は割と静かなムードなんですけど、やっぱり展開が欲しくなってきて、徐々に盛り上がっていく感じにしています。

──最後の曲「EO」でまた雰囲気がガラッと変わり、ちょっと不穏な感じでアルバムが終わるのもユニークです。

鈴木:ちょうどリトル・シムズを聴いていた時期だったのもあり、「ちょっとラップしたいわ」ってryoくんに言いました(笑)。『ms』の時もそうだったんですけど、アルバムを作っていると中盤くらいからラップがしたくなってくるんです。おっしゃるように、それまでのアルバムの雰囲気と全然違うし、「これを入れるのはどうなのかな?」とも思ったんですけど、「いや、これが私なんだよな」って。それで、ちょっとボーナストラック的に最後に入れることにしました。

──「これが私なんだよな」というのは?

鈴木:「鈴木真海子は自由でありたい」というか(笑)。「ボサノバが入ったアコースティックなアルバムだからといってラップは入れない」みたいなルールに縛られたくない。そもそも『mukuge』はコンセプチュアルな作品にしたかったわけじゃないし、この1年の私のモードをギュッと凝縮したら、こういうアルバムになったという感じです。ちなみに「EO」は、この後いろいろリミックスを出そうと思っていて。『mukuge』に関わってくれたTiMTくん(「5月のうみ」を共作)やパーシー、STUTSに声をかけたら面白そうじゃない? と今ryoくんと話しているところです。

鈴木真海子インタビュー写真(撮影=まくらあさみ)

──真海子さんの歌詞の中には、〈不安〉や〈自問自答〉〈シーソー〉というワードがよく出てきますよね。例えば「からから」の〈不安だらけの日々ごと〉や、「5月のうみ」の〈どことなく不安な感情を持っている〉、「秘密の花園」の〈不安な気持ちへの対処法〉や〈思考に思考重ねるリピート/結局地につかないシーソー〉、「EO」の〈生きるための自問自答に愛を〉や〈意思と機微のシーソー〉など。

鈴木:「不安」という感情は、みんなが人生それぞれのタームで抱えていることだと思うんです。仕事や環境、人間関係の変化などによって、いくつになっても心の揺らぎがある。だから各曲にそういうワードが散りばめられているんでしょうね。今、話していて思ったんですけど、今回の曲たちは作っているときには「ちょっと暗いかな?」「ネガティブな内容かな?」と思った瞬間もあったのですが、こうやってアルバム全体で聴くと、めっちゃ明るい気持ちになれるのが不思議だなと思って。

──どんな感情で聴いても、気持ちをフラットにしてくれるアルバムだなと僕は思いました。めちゃくちゃ暗いわけでもないけど、でもそこはかとない不安みたいなものも漂っている。それを、楽器の美しい響きや心地よいグルーヴ、抑揚を抑えたメロディが包み込んでくれるような。

鈴木:なるほど、確かにそうかもしれないですね。

──ちなみに真海子さんは、よく自問自答をする方ですか?

鈴木:言われてみれば、何かあったときにすぐ誰かに相談する前にまず自分で色々思考を巡らせる方かなとは思います。ただ、「EO」の〈生きるための自問自答に愛を〉というフレーズに関しては、ファンの方からいただくメッセージからインスパイアされたものなんです。例えば、「昨日彼氏と別れて落ち込んでたんですけど、曲を聴いて元気出ました」とか、「真海子ちゃんの曲とかchelmicoの曲で、『こういうふうにしたらいいんだな』というヒントをもらいました」みたいな感想を気軽に送ってくれて、それがすごく嬉しくて。

──ファンとの交流の中から楽曲が生まれることもあるんですね。

鈴木:ありますね。前作の「どっかの土曜日」とかもそうですし。ファンの方と話していたときに、「インスタライブとか是非やってください」と言われて「じゃあ、どっかの土曜日にやるね」と返したら、「『どっかの土曜日』っていいフレーズですね!」と言ってもらったんです。「そっか、じゃあこれ曲にするね」「この言葉を曲のどこかに入れるからお楽しみに!」みたいなやり取りをしたのがきっかけで生まれた曲なんですよね。

鈴木真海子インタビュー写真(撮影=まくらあさみ)

鈴木真海子インタビュー写真(撮影=まくらあさみ)

──『ms』も、今回の『mukuge』も非常にパーソナルで、真海子さんの普段の思考やライフスタイルが反映されている作品ですよね。日常生活や制作活動において大切にしていることってなんですか?

鈴木:制作に関しては、とにかく音の心地よさ優先でやっていますね。ギターで作るときは特にそう。作りはじめの段階で、「こういうふうになるだろうな」みたいな完成形がちゃんと見えているかどうかも大事です。日常で大切にしているのは、日記をつけることですね。毎日ではないし、「今日の気圧、ヤバイ」だけしか書いてない日もありますけど(笑)、日々感じたことを書き留めておくようにはしています。

──このアルバムを、どんなシチュエーションで聴いてほしいですか?

鈴木:うーん、どうだろう。「これを聴いて元気出して」みたいな思いは特にないんですけど、どこかのお店とかで流れていてほしいです。それで「いいな」と思ったらShazamしてもらいたい。昔聴いていた曲がふとコンビニとかで流れてきて、「やっぱこれめっちゃいい曲だわ」みたいに思う時ってあるじゃないですか。ああいう感じがいい。日常生活にすんなり馴染んで、「いいな」と思ってもらえるアルバムになっていたら嬉しいですね。

鈴木真海子 『mukuge』ジャケ写
『mukuge』

■リリース情報
2ndアルバム『mukuge』
6月26日(水)配信
https://orcd.co/mukuge_kiitene

■ライブ情報
『鈴木真海子ワンマンライブ2024』
2024年7月12日(金)恵比寿The Garden Hall
OPEN 18:00/START 19:00
スタンディング¥5,000+D代
https://chelmico.com/archives/4442

■関連リンク
公式HP:https://suzukimamiko.com/

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