鈴木真海子が切り取る日常の情景 心の揺らぎにも向き合った2ndアルバム『mukuge』を語る

鈴木真海子が切り取る日常の情景

 chelmicoのMamikoこと鈴木真海子が、2ndソロアルバム『mukuge』を自身の誕生日である6月26日にリリースした。前作『ms』からおよそ3年ぶりとなる本作は、コロナ禍で始めたギターを弾きつつ自らアイデアを練り、朋友ryo takahashiと共に制作。他にもパーシーことTOSHIKI HAYASHI(%C)やブルックリンを拠点に活動する23歳のシンガーソングライター兼ギタリストのメイ・セモーンズ、コンポーザーのTiMTなど、彼女と親交の深いアーティストが参加し、ブラジルミュージックやジャズの要素が随所に散りばめられた、アコースティックかつパーソナルな内容に仕上がっている。なお、アートワークは彼女が敬愛するイラストレーターのオオクボリュウが手がけており、本作の持つナチュラルでキュート、それでいてエスプリの効いたサウンドスケープを見事に表している。およそ1年かけてじっくりと作り上げた本作について、本人にたっぷりと語ってもらった。(黒田隆憲)

鈴木真海子の目に映る日常の風景 ギターでの曲作りの影響も

鈴木真海子インタビュー写真(撮影=まくらあさみ)

──まず、タイトルの由来から教えてもらえますか?

鈴木真海子(以下、鈴木):ある程度曲が出揃って「アルバムを作ろう」となったとき、まずリリース日が決まったんです。いろんな兼ね合いで自分の誕生日になって、それでバースデーカラーを調べてみたら、諸説あるんですけど「ムクゲ色」というのが出てきて。名前も可愛いし、色もくすんだピンク色のすごく素敵な感じだったので、このタイトルにしました。ローマ字表記にしたら、ちょっとアラビア語っぽい見た目なのもいいなって(笑)。

──サウンドは、前作『ms』以上にアコースティックな手触りというか。特にブラジルミュージックの影響が強くあるなと感じました。そのあたり、ご自身でも意識したところはありますか?

鈴木:意識したというよりは、もともと聴いてきた音楽がそういうテイストだったんだなって、作りながら思いましたね。前作『ms』でも、例えば「空耳」とかラテンっぽい感じだったのですが、そこから続いてジャズやラテンのノリが出てきたというか。今作もryo takahashiと一緒に作ったんですけど、彼もずっと一緒にやっているので、私の好きな音楽をすごく理解してくれていて。「こんな感じで」と雑にリクエストしたとしても、イメージ通りのトラックが送られてくることが多かったです。

──ジャズやラテンに惹かれるのはなぜなのでしょう?

鈴木:小さい頃から南国の音楽が好きで、ハワイの民族音楽……例えばMaiki Aiu Lakeさんという方がいて、太鼓をポンポンポンと叩いている上に〈エ~ア~オ~〉みたいなメロディを乗せているような曲とか、カセットでよく聴いていたんです。あとは、一番上の兄がDJの吉沢dynamite.jpが好きでラテンのミックスを持っていたり、家にはセルジオ・メンデスのCDがあったり。家族からもらったお下がりのiPodにも、そういう音楽がたくさん入っていて、それをよく聴いていたのが影響しているのだと思いますね。

──なるほど。サウンドプロダクションも、前作と比べて風通しが良くなった印象があります。

鈴木:そうですね。前作は割と宅録っぽい音作りを意識して、例えば「Lazy river」という曲はあえてサウンドをチープにしたり、ドラムを左のスピーカーに寄せたりしてラフな音像にしました。でも今回は生音を活かしつつ、目を閉じて聴いた時に「この辺でベースが鳴ってて、この辺りにギターがいて……」みたいなイメージが浮かんでくるような音像を目指しています。

 声もすごく近くで聞こえるようにしました。リファレンスでryoくんに渡す曲も、全部声が近い感じのもので、例えばレイチェル・チノウリリさんのように、耳のそばで歌っている感じがすごくいいなと思っていることを伝えましたね。逆にいえば今作は、「ボーカルが近ければ何でもいい」というざっくりとしたテーマがあったので(笑)、ryoくん的にはトラックも自由に作ることができたと思います。

鈴木真海子インタビュー写真(撮影=まくらあさみ)

──ちなみに、アルバムの中で一番古い曲というと?

鈴木:「秘密の楽園」は、確か去年の5月くらいに作ったので一番古い曲だと思います。トヨタ「カローラシリーズ」のタイアップとして書き下ろした楽曲だったので、ドライブしていて楽しい感じを出したくて。私自身も車を運転するのが好きなんですけど、車の中って自分一人の空間というか、「動く個室」みたいじゃないですか。それ自体が「秘密の楽園」っぽいな、というところからアイデアを発展させていきました。もちろん、聴く人にとっては山の上とか本屋さんとか、それぞれの「楽園=心の拠りどころ」があると思うので、それを想像しながら聴いてもらえたら嬉しいですね。

──歌詞に〈日々のマンネリとは/おさらば〉というフレーズがありますが、そうしてたどり着く真海子さんにとっての「秘密の楽園」は、どこになりますか?

鈴木:そうだなあ、場所でいうと深大寺ですね。深大寺のお蕎麦屋さんに行くのが楽しみで、実は新しいアー写も深大寺で蕎麦を食べてるところを撮ってもらったんですよ(笑)。緑も多くて落ち着くし、いるだけでストレスがなくなっていく。自然が好きなんだと思いますね、海も山もどちらも好きだし。家の中でも、お風呂上がりに窓を開けて風に当たる時とか「秘密の瞬間」かもしれない。あと、昨日プールに行ったんですけど、ちょっと泳いだだけで気持ちがこんなに変わるんだって思いました。

──曲の作り方も、ソロとchelmicoではやっぱり違います?

鈴木:トラックをもらって作るところは同じですが、今回はギターから作った曲も多いし、そのデモをryoくんに投げてアレンジしてもらったりして。楽器から始まるところはchelmicoと大きく違いますね。

──ギターは以前から弾いていたのですか?

鈴木:いや、全然弾いていなかったです。コロナ禍で家にいる時間が多くなって、ヤマハのミニギターを買ってそれから始めました。『ms』に入っている「どっかの土曜日」や「untitled」はギターで作った曲でした。今回だと「うつつ」「お酒を飲んだ夜 feat. Mei Semones」「kimochi」はギターから作っていますし、アルバム未収録のシングル曲「Come and Go」(2022年)もギターで作りましたね。

──「うつつ」はトロピカルで、メロディや曲の雰囲気がどこか初期の荒井由実を彷彿とさせます。

鈴木:確かに。この曲は、なんとなくギターを弾きながら部屋の中を見渡していたらサボテンが目に入ったんです。サボテンからサボテンが生えてきて、重みで曲がっちゃってるんですけど、「これどうしようかな、棒とかで矯正しなきゃダメかなあ」とぼんやり考えていたら〈かたむいたサボテンのあたま/私も一緒に首をひねった〉という最初のフレーズが浮かんできました(笑)。

鈴木真海子 - うつつ [ Official Music Video ]

──メイ・セモーンズさんとのコラボ曲「お酒を飲んだ夜」は、アルバムの中でも一番ボサノバ色が強いですね。

鈴木:この曲は、タイトル通りお酒を飲みながらギターを弾いていたらできた曲ですね(笑)。コードの数は確か2つとか3つとかそんなもので、それをループさせていたら「なんだかボサノバっぽいぞ」って。これはぜひメイちゃんと作りたかったのでDMでファイルを送って、「この曲のギターを弾き直してほしいです」ってメッセージを添えて。せっかくだから歌も歌ってほしいとお願いしました。

鈴木真海子インタビュー写真(撮影=まくらあさみ)

──映像が浮かんでくるような歌詞も印象的です。

鈴木:確か初台あたりを歩いている時に、本当に雨が突然降ってきたことがあって。もちろん〈5秒間だけ降った雨〉ということはなかったんですけど(笑)、その時の景色がすごく印象に残っていて。初台の飲み屋街と、新宿の近代的な高層ビルが混在したそのコントラストが「めっちゃ東京だなー」と思った気持ちを、歌詞にギュッと詰め込みながら酔っ払って作っています。

──こんな美しい曲なのに、〈くっさいこころだね〉みたいなフレーズを繰り返すところとかも楽しくて(笑)。

鈴木:そこはやっぱり、酔っ払って曲を書いていたから出てきた言葉かもしれないですね(笑)。〈階段を登る犬〉とか〈名前の知らない草花〉とかも、目に映った情景を散文的に並べていった感じです。

──「kimochi」もギターから作った曲なのですね?

鈴木:あ、でもギターは全然弾けないんですよ(笑)。この曲は、いつも手癖で弾くようなコードじゃない響きがほしくて、でもまだセーハ(一本の指で、同一フレットの複数の弦を押さえる方法)とかできないし、とりあえず短音でボンボン、ってベースの音だけ先に録音して、後からどんどん音を重ねていったら「なんかいい感じじゃない?」ってなって。そのまま速攻で歌詞を書いてryoくんに送りました。

──〈人には言えない気持ちがある〉って、すごくよくわかります。

鈴木:嬉しいです。友だちとかと話していて、別に相談事とかでもないけどお互いに、「汲み取ってほしい」っていう気持ちでいる時があるなって。うまく言葉に出して言えないけど「でも何かあるんだよな」みたいなのが伝わる瞬間ってあるじゃないですか。それを歌詞にしたいなと思ったんですよね。「あるよね、でも言わなくていいよ」みたいな。

──エンディングに向かっていく、音響的なサウンドプロダクションもいいですよね。

鈴木:ありがとうございます。環境音とか入れたアンビエントっぽい感じにも挑戦してみたかったので、うまくいってよかったです。

鈴木真海子インタビュー写真(撮影=まくらあさみ)

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