17歳のボカロP 晴いちばん、ポップで面白い音楽を追求する信念 新たな刺激により高まった作家性

晴いちばん、面白さを追求する信念

 中学時代からボカロPとしての活動を開始し、2021年秋の「ボカコレルーキーランキング」で上位入賞、『沼にハマってきいてみた』(NHK Eテレ)内の企画で特集されるなどメキメキと頭角を現してきた、17歳の晴いちばん。昨年にはゴスペラーズやVTuberのアーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノに楽曲提供を行うなど活躍の幅を広げてきた。

 今年に入ってからは先鋭的なビートを取り入れた「フォーリーバンジー」、エレクトロスイングの「カクレミノ」とボカロ曲を続けざまにリリース。自身初となるアルバム『Ruins Record』も完成させた。同作は4月27日~28日に開催された『ニコニコ超会議2024』内の『THE VOC@LOiD 超 M@STER』で頒布、5月8日に全国流通盤と配信にてリリースされた。

 10代でありながらアーティストとして着実にキャリアを築いている晴いちばんに、今、そしてこの先について、語ってもらった。(柴那典)

ネオソウルへの傾倒や海外コンポーザーとの交流

ーー晴さんにとっては昨年度、高校2年生の1年はどういう年でしたか?

晴いちばん:どちらかというと、アウトプットよりインプットの方を磨いた年になったなと思います。というのも、特に洋楽をたくさん聴くようになったり、ボカロとかJ-POP以外の音楽を吸収するのが楽しかったので。より自分の音楽性というか、感じるものの解像度が磨かれたんじゃないかなという感じですね。

ーー特に自分の琴線に触れたものは?

晴いちばん:洋楽の中でもEDMとかネオソウルを聴いていて、特に刺さったのがディアンジェロだったんです。それでアルバムにもネオソウルの曲を入れたいなと思って。以前、高校1年くらいの時に原口沙輔くんとケンカイヨシさんと焼肉に行ったんですけど、その時に「ネオソウルでいいアーティストいますか?」って聞いたら、10組ぐらいメモを出してくれて。その時にも一通り聴いたんですけど、まだ洋楽とか全然聴いていない頃だったんで、あまりハマらなくて。でも最近改めて聴いたらめちゃくちゃハマって。実際に自分の音楽に反映されてる感じですね。

ーーEDMは例えばどのあたりですか?

晴いちばん:結構幅広いんですけど、最近知り合った人にzerothさんっていう、SoundCloudでインストを上げたりMEGAREXからリリースしたりしているスペインの方がいて。そのzerothさんの曲を友達から教えてもらって聴いたら、めちゃくちゃよくて。実際にDiscordでおしゃべりしたりもしたんです。英語メインのコミュニケーションなので難しかったんですけど、今後もっとコミュニケーションを取れたらいいなと思ってますね。

ーーインプットだけでなく人の繋がりも増えた?

晴いちばん:そうですね。海外のコンポーザーの方といろいろお話ししたいっていうのがあって。英語の勉強もそうですし、普通に楽しいっていうのもあるんですけど、いろんな国の人とお話ししたら何かレベルアップにも繋がるんじゃないかなという。ちょうど“カワイイ×カッティング”をテーマにした『cut(e) vol.1』というボカロPとギタリストがコラボしたコンピアルバムに参加したんですけど、そのコンピの曲を同じくSoundCloudで活動しているSlowBroというオーストラリアの子が気に入って、X(旧Twitter)もフォローしてくれて。すぐフォローバックしてお話ししようとなったのが、海外の人とお話しする最初のきっかけでした。

ーーDiscordの英語のコミュニケーションって、今はDeepL翻訳とかがあるから結構いけたりするものなんですか?

晴いちばん:そうですね。手探りなんですけど、この表現合ってるかなとか、適宜確認しながら、なんとかやってます。「Yo」とかノリでいけちゃう感じがあったり、頑張って話してる感じが楽しいなって。

ーーこないだ原口沙輔さんにインタビューをしたんですが、晴さんのことを「メキメキ曲がすごくなっているし。技量や引き出しもめちゃくちゃ増えている」と言っていました(※1)。原口さんは晴さんから見たら少し年上ですか?

晴いちばん:そうですね。3〜4歳上です。

ーー原口さんやケンカイヨシさんのように、いわゆる作曲家の友達や仲間が増えたっていうのも大きいのでは?

晴いちばん:そうですね。もともと内輪のXで集まったコミュニティみたいなものがより広くなったというか。特に東京のイベントに参加する時にいろんな方とお話しできるので、そこで広がったのも大きいですね。特に最近は雄之助という友達とよくしゃべっていて、そこから繋がる知り合いも多いのでありがたいです。

作家としての個性を自覚できた「フォーリーバンジー」

ーー振り返ると、去年はゴスペラーズへの楽曲提供などもあり、作家としての仕事が本格的になってきたと思います。それはどういう経験になった感触がありますか?

晴いちばん:ここ1年で考え方が結構変わってきていて。もともと作家志望というか、いろんなジャンルを作るのが好きなので、幅広く提供できる職業作家のようになりたいと、中学生から高1ぐらいの頃までは思っていたんです。ただ、ボカロPをやっていくにあたって、アーティスティックになりたいという想いが結構強くなってきたので。人に提供する時も、自分に依頼してくれたからには、自分らしい要素をちょっとでも入れたい。個性もありつつ、アーティストに寄り添った曲を提供したいなって今は思います。

ーー職業作家よりもアーティスト活動に本腰を入れてやっていこうと思ったきっかけはありましたか?

晴いちばん:いろいろあるんですけど、一つは締め切りに追われるのが苦手だったということで。いろんなコンペとかに曲を出すこともあったんですけど、自分が作った曲が必ずしも世に出るわけじゃないにもかかわらず、締め切りに追われながら作っていて、これは自分に合ってないかもしれないなって。もともと作家志望だったんで覚悟はしてたんですけど、それであまりいい曲ができないならやっていけないなと思いました。で、ボカロPがもちろんメインではあったので、それだったらボカロPのアーティストとして専念していった方が自分の気持ち的にもいい作品が世に出せるんじゃないかなっていうのが一番大きいですね。

ーーボカロPとしての曲作りにしても、いろんなジャンルの曲が作れるというだけじゃなく、自分がやりたいこと、行きたい方向を突き詰めることになると思うんです。そのあたりの感覚ってどうでしたか?

晴いちばん:あくまでもポップスではあるんですけど、洋楽とか、アバンギャルドな音楽をいかにポップスの中に落とし込めるかっていうのが課題だと思っていて。あまりやりすぎちゃうと誰もついてこれないような音楽になっちゃうし、自分もそれは望んでなくて。自分が一番好きな音楽は、ポップでありながら面白い要素があるものなので、それを自分で作れたらいいなっていうのが大きいです。

ーー そういうことを考えるようになったきっかけの曲はありますか?

晴いちばん:昨年11月に「フォーリーバンジー」という曲を投稿(その後、今年1月に配信リリース)したんですけど、去年の『無色透名祭Ⅱ』というイベントで初投稿していたんです。これが自分の中でも今までやっていないようなことをやってる曲ですね。

フォーリーバンジー / 晴いちばん feat.重音テトSV

ーー「フォーリーバンジー」はどういうきっかけで作り始めたんでしょう?

晴いちばん:IDMというジャンルがあることを知ったからなんですけど、パーカッションとかアンビエントのようないろいろなサウンドが鳴っている、不思議なジャンルだなっていうのが第一印象で。ハイパーポップとかも聴くようになったんで、そういうものを自分も作ってみたいなと思って。音作りを攻めてみたかったので「なんだこれ?」って思うようなIDM的な、でもトラップ的なリズムもあるようなイントロを最初に作ったんです。最初はお遊びみたいな感じで、イントロだけで終わる予定だったんですけど、これをボカロ曲にしようと思って。でも普通に投稿するだけじゃなくて、『無色透名祭Ⅱ』で投稿してみたら、今までの自分になかったものを名前が出ない状態で聴いてもらえるのはすごく面白いんじゃないかなって。それで初投稿しました。

ーー『無色透名祭』はボカロPが匿名で曲を投稿するイベントですよね。歌っている声で誰の曲かわかってしまう他のジャンルと違って、名前を出さなければ純粋に曲だけ聴いてもらえるボカロカルチャーならではのイベントだと思います。反響はどうでした?

晴いちばん:「フォーリーバンジー」は重音テトSVの調声で。今まで初音ミクとかv flowerとかいろいろなボーカロイドを使ってきたんですけど、Synthesizer Vは使ったことなかったし、調声にも人の癖があまり出にくい方ではあると思うので、バレないかなと思って使ってみたんです。でも、これだけ新しいことをして、なおかつボーカルも普段と違うのに「晴いちばんさんだ」と言ってくれた人がいて。それはすごく不思議でした。自分では気づかないようなアイデンティティがあったのか、リスナー側の鋭さにも驚きましたね。

ーー逆に言うと、自分としてはどれだけ攻めたことをやっても「晴いちばんっぽい」と思ってもらえることが自信に繋がったりもした?

晴いちばん:そうですね。今まで自分の曲に作家性とか個性がないと思ってたんですけど、アーティストの方向にシフトし始めたタイミングで「晴いちばんさんだ」と気づいてもらえたことが、個性が出てきたのかなっていう自覚になったので。すごく嬉しかったです。

ーー聴いた印象としては、サウンドメイキングとか音色だけじゃなくて、凝ったコード進行や和音の積み方のチャレンジ精神みたいなものも、晴いちばんさんっぽさとしてあるなという感じがしました。

晴いちばん:確かにコード進行に関しては、いろいろ試してはみるんですけど、結構手癖が多いのかなって思います。もともと凝ったコードというか、テンションを積んだような、びっくりするようなコード進行が好きなので。そういうのを日頃からピアノで試しに弾いてみたりすることも多いんですけど、実際イントロのコード進行もピアノで弾いて作ったので、そういう癖がコード進行に表れたのかもしれないなとは思ってます。

ーー3月には「カクレミノ」がリリースされましたが、この曲はどういうところから作っていったんですか?

晴いちばん:この曲はエレクトロスウィングを作ろうという明確なテーマがあって作った曲なんです。2021年の『ボカコレ公式 2022秋』に出した「アブセンティー」という曲が初めて“かっこいい曲調を作る”という挑戦で作った曲だったんですけど、その時にやったのがエレクトロスウィングだったんで、そのリバイバルというか。今の自分がエレクトロスウィングを作ったらどうなるんだろうということで作ってみた曲ですね。

アブセンティー / 晴いちばん feat.flower

ーーアーティストとしてのアイデンティティを模索していく中で「アブセンティー」という曲はとても大事な曲だったと。

晴いちばん:そうですね。自分の方向性が大きく変わった曲だし、自分の曲の中では結構評価されている方なので。それを今の自分が超えられるか、そしてより高いクオリティのサウンドで作れたら面白いんじゃないかなというのもあって作りました。

ーーエレクトロスウィングのスタイルは自分としてしっくりくる感じはありますか?

晴いちばん:エレクトロスウィングを入り口にエレクトロに入ったというのもありますし、ジャズとエレクトロを掛け合わせたようなジャンルは自分が好きな方向性ですね。コード進行が凝ったのが好きだし、エレクトロ的な感じの音で凝ってるのも好きなので。

カクレミノ / 晴いちばん feat.flower

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