YOASOBIやヨルシカに続く、ストーリーを彩る新感覚の音楽体験 月詠み独自の面白さを紐解く
スマホの普及やYouTubeをはじめとしたメディア環境の変化により、近年の音楽シーンは音楽単体というより、“他の表現物”と紐づいた複合的な作品が人気を集める傾向がある。ここでいう“他の表現物”とは、いわゆるMVやタイアップの映画/ドラマなどだけでなく、ダンスやお笑いのような無形の表現も含まれる。そうしたものを媒介として、音楽を間接的に楽しむことが若い世代では一般的となってきた。このような時代背景もあって、従来とは一線を画した表現活動をするアーティストやクリエイターが、いま続々と登場している。
たとえば、YOASOBIやヨルシカといったユニットがその代表だ。YOASOBIは、もともと「monogatary.com」に投稿された小説を楽曲化するプロジェクトとしてスタートしている。コンポーザーのAyaseが小説を読み、そこからメロディや歌詞を組み立てていくのだ。昨年世界的に大ヒットした「アイドル」も『【推しの子】』の原作者である赤坂アカがYOASOBIのために書き下ろしたスピンオフ小説『45510』を元に制作されている。
一方で、ヨルシカはコンポーザーのn-bunaが描く物語を軸に楽曲を制作するユニット。ライブでは一本の映画のように物語が進み、その中でワンシーンごとを鮮明に描くかのように楽曲が披露されていく。どちらのユニットの音楽ももちろん楽曲単体でも成立しているが、原作や付随する物語を知ることで、よりその曲に対する理解度が上がり、感動の深みも増していく。
こうした物語と音楽が密接に絡み合った表現をするアーティストたちの中で、いま面白いのが月詠み(読み:つくよみ)である。自身が描くオリジナルのストーリーの中で、たとえば亡くなったはずの登場人物が生きている別の世界線を軸とした楽曲を用意したり、ストーリー内のキャラクターが作ったという裏設定の楽曲も存在するなど、月詠みには曲それぞれに物語上の役割がきちんと与えられている。楽曲が物語を構成する重要な一要素としても作られているのだ。
このように月詠みもまた物語と音楽が密接に絡み合った表現で人気のプロジェクトだが、上記に挙げた2つのユニットとは明確に違いがある。それがメンバー構成だ。YOASOBIやヨルシカは歌い手とコンポーザーの2人組ユニットなのに対して、月詠みの固定メンバーはコンポーザーのユリイ・カノンのみ。つまり、ボーカルはさまざまな歌い手が担当する。このフレキシブルな座組みには大きな利点がある。
それは、物語における役ごとに楽曲を作れるという点だ。たとえば、登場人物が複数いるストーリーの場合、ボーカリストが一人ではそれぞれのキャラクターの視点を表現することはなかなか容易ではない。声色を変えたり、専用の機材によって声を変化させることは可能だが、とはいえ同一人物による歌唱では受け手も切り替えるのが難しい場合もあるだろう。曲ごとに歌い手が代わることができれば、一人称の異なる楽曲でもわかりやすく区別できる。流動的なメンバー構成だからこそ、ストーリーをより忠実に表現できるのだ。
当然、常に同じメンバーで活動していたほうが、プロジェクトとしてはコミュニケーションも円滑となり、制作も効率化していくだろう。しかし、月詠みはそれよりも物語を表現することへの強いこだわりを持っている。ある意味で、これは“ストーリー重視”の活動スタイルと言えるのだ。
また、歌い手が変わることで楽曲同士をはっきりと差別化できるというメリットもある。歌い手が同じだと、受け手はどうしても共通点や関連性を見出したくなるものだ。解釈はリスナーの自由だが、作り手の意図しない方向に逸れすぎてしまうことは時に危険も孕む。しかし、歌い手が異なれば、その誤った印象も避けられるだろう。