ワーナーミュージック・ジャパンCEO 小林和之氏、継承と発展のレーベル改革【評伝:伝説のA&Rマン 吉田敬 第10回】

評伝:伝説のA&Rマン 吉田敬 第10回

組織の若返り、制作への意識……ワーナーミュージック新体制での試み

ワーナーミュージック・ジャパンCEO小林和之氏(撮影=林将平)

 その頃のワーナーミュージックは、敬さんの指揮の元、コブクロ、絢香、Superflyとブレイクアーティストを連発させていて破竹の勢いだった。しかし、世間は少しずつCDが売れない時代に突入していった。ヒットが連続していた僕らは、他社よりそのことに気づくのがワンテンポ遅れた。

 2010年10月、敬さんが亡くなり、ワーナーミュージックは新しい体制に移行したが、状況はなかなか改善していかなかった。

「敬の訃報を聞いた時は、ショックで目の前が真っ暗になった。ほどなく、旧知のワーナーミュージックの海外の取締役から、CEO就任を打診された。敬がああいった形で亡くなられた後あまり月日が経っていない中で、荷が重すぎると思ってお断りした。敬のこともあり、ソニーミュージックの中でワーナーミュージックに対しての独特な反発心があったのも事実。だが、しばらくしてワーナーミュージックの体制がうまく機能しない中、自分自身がソニーミュージックの中でレーベル運営から離れることになった。
 レーベルはもう面白くないと退いて、コンテンツホルダー側にいた人間が、サプライヤー側に行った途端、カウンターを食らった。結局自分はアーティストの側にいたいと思ったときには、もう遅かったんだけど。そんな時に、再度の就任オファーをワーナーミュージックからいただいた。結局、敬がやっていたという間接的なシンパシーもあったから引き受けたというか、決断するOne of themの要素にはなっていたんだと思う」

 KAZさんが就任した2014年当時のワーナーミュージックは、敬さんがいなくなったショックと喪失感が漂っていたと、KAZさんの目にはとらえられていたように思う。

「敬のやってきた新たな取り組みやスキームは、CBS・ソニーで培ってきた方法とエピックの斬新さや実践してきた手法をミックスしていると何かのインタビューで読んだことがあって、自分なりによく理解できていた。だから思ったよりすんなり入ることができた。その時のワーナーミュージックにはタカシイズムも浸透してるんだけど、無駄なものもいっぱいあった。まずはそこを改革したうえで、僕がやってきたやり方と敬のやってきたやり方のハイブリッドでいこうと直感的に思った。デフスターから移って来たメンバーや、敬のもとで学んだ竜馬(鈴木竜馬氏。当時:unBORDEレーベルヘッド)や現ちゃん(竹本現氏。当時:宣伝本部長)を中心に据えて、阿木(阿木慎太郎氏。当時:Superflyの担当A&R)、ジャーマン(藤井“ジャーマン”之康氏。当時:コブクロの担当A&R)を抜擢して……とにかく、組織を若返らせようと思った」

 マーケティングが軸だった会社に、制作オリエンテッドな社風を持ち込み、バランスを取った。かつての敬さんが、コブクロのヒットで社内からの信用を勝ち得たように、KAZさんも自らが韓国に乗り込んで獲得したTWICEのブレイクで一気に存在感を示し、体制が確立され整備されていったように思う。

TWICE「TT -Japanese ver.-」Music Video

「敬と違って、自分はチームではなく単身でワーナーに乗り込んだ。そこで、それぞれの部門の責任者に役割とポジションを与えて、すべてを任せるようにして、最終的には自分が責任を取るようにした。そしてターニングポイントになったのは、フィジカルの流通機能を他社に委託したこと(ディストリビューションのアウトソーシング化)だった。このことがきっかけで、レーベルとはヒットを出すための制作会社であり、制作マンが仕切る会社であるという意識を社内に浸透させられたと思う」

 KAZさん体制の中で、僕らの役割が改めて明確になり、ヒットに向けて集中できる環境が整えられていった。KAZさんのやり方は、外資ならではのドラスティックな思い切りの良さがあった。僕もかつての宣伝企画部のような、新たな役割が与えられ、その持ち場で全力を尽くした。クリプトン・フューチャー・メディアから絶大な信頼を得て『初音ミクシンフォニー』を成功に導いていた当時の部下、池田俊貴氏(現・Butai Entertainment)が見つけてきた覆面バンド、“神様、僕は気づいてしまった”を手がけることになった時も、音にいち早く反応し、社内横断プロジェクトを作り、会社全体でプッシュする環境を整えてくれた。

神様、僕は気づいてしまった - CQCQ

いまや欧米だけが世界の音楽ではない

ワーナーミュージック・ジャパンCEO小林和之氏(撮影=林将平)

 そんな中、気がつくと、僕は敬さんの亡くなった時の年齢を越えていた。若手を中心に再び勢いと輝きを取り戻していくワーナーミュージックから卒業することを漠然と思い描き始めた時に、老舗音楽事務所スマイルカンパニーから社長就任の打診を受けた。ソニーミュージックからワーナーミュージックに移る時は、敬さんの移籍により、転職の道を選び、2回目の判断は、敬さんがA&Rに指名してくれたアーティストの所属する事務所からのオファーを受ける形となった。

 それから6年の月日が経過し、僕は久しぶりにワーナーミュージックのイヤーエンドパーティに参加することになった。旧知のメンバーもたくさんいたが、当時から半分以上は入れ替わり、女性社員も半数近くいる。この間に築いてきたであろうKAZさん体制の社風がさらに定着していることを実感した。

「ワーナーミュージックはインターナショナル・カンパニーだからこそ、ローカライズをきちっとやっていかなくてはと思っている。いまや欧米だけが世界の音楽ではない。日本はUKの2倍の売り上げがあり、アメリカに次いで2位。さらに今は中国がグーンと伸びていて、ウカウカしていられない。そんな中、ワーナーミュージック・ジャパンでは良い人材を確保するために全社員の正社員化や65歳定年制を一気に導入した。管理部門は特にハイレベルな人材が集まるんじゃないかと思う」

 パーティ冒頭の挨拶でKAZさんは「もっとエッジを立てていこう」と発言した。“ヒットするジャンルをフォローするのではなく、新しい道を開拓していこう!”KAZさんから、ワーナーミュージック社員に対する新しいメッセージだった。ソニーミュージックやユニバーサル ミュージックなど巨大メジャーレーベルの“攻めて”売れているアーティスト群への対抗意識を燃やし、新たな取り組みを始めようとするKAZさんの強い意思を感じた。そこには、もう敬さんを失った喪失感はなく、タカシイズムを礎に築かれた新たなレーベルのモチベーションとパワーが充満していた。

■書籍情報
タイトル:『「桜」の追憶 伝説のA&R 吉田敬・伝』
著者:黒岩利之
発売日:2024年2月2日(金)  
※発売日は地域によって異なる場合がございます。
価格:3,300円(税込価格/本体3,000円)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:四六判ソフトカバー/320頁
ISBN:978-4-909852-48-9
Amazon、blueprint book store他、各書店にて発売中です。

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