椎名林檎のコラボを総括するゴージャスな一夜 豪華ゲスト&驚きの選曲で魅せた6年ぶりの『(生)林檎博』
椎名林檎が『(生)林檎博』を催したのはこれで4回目。前回は2018年だったので6年ぶりになる。『(生)林檎博』はタイトルが意味するように様々な作品からの曲を新たな装いで魅せ聴かせるライブ。今回の『(生)林檎博'24-景気の回復-』は5月にリリースした最新作『放生会』の楽曲を軸に、意外な選曲を彼女流のゴージャスかつアーティスティックな演出で堪能させてくれた。
SEが途切れて静かになったステージにオーケストラが入り、次いでバンドのメンバーが位置につくと、ステージ後方のスクリーンに僧侶の姿が浮かび上がった。僧侶は5人になり永平寺の般若心経を唱えながら円陣を組むと、彼らの手から放たれた光が結界のように繋がりピラミッドとなった。そして宇宙空間に漂う椎名が映し出された『三毒史』のオープニング曲「鶏と蛇と豚」から始まったこのライブは、男性アーティストとのコラボレーションが散りばめられた前作『三毒史』に次いで、女性アーティストとのコラボレーションで作られた『放生会』へという流れを俯瞰し、さらに椎名のさまざまなコラボレーションを総括するようでもあった。
「鶏と蛇と豚」に続いて放たれたのは「宇宙の記憶」。坂本真綾に提供した曲のセルフカバーだ。曲の途中で思いがけずステージ上方から宙づりの台座に立った椎名が現れ中空にとどまって歌い続けた。「地球の皆様さん、御機嫌よう」と挨拶し、歌い終わる頃にゆっくりと着地。次いで歌い始めたのは「永遠の不在証明」(東京事変)。このツアーでコラボした資生堂のリップスティックが弾丸に見立てられた演出から、劇場版『名探偵コナン 緋色の弾丸』の主題歌となったことも連想した人もいたらしい。
ジャジーなホーンセクションから始まった「静かなる逆襲」を歌いながら、それまで羽織っていた赤いケープを脱ぐとリボン飾りがついたクラシカルな膝丈ドレス姿に。黒いレース付きヘッドドレスに黒手袋と小物使いも隙がない。続く「秘密」(東京事変)はパワフルなバンドサウンドで伸びやかな歌を聴かせ、石若駿(Dr)のドラムがキレのいいビートを叩き出しアグレッシブな生バンドのグルーヴを響かせたのは、少々懐かしい「浴室」。ナイフを片手に歌う姿に、同じさいたまスーパーアリーナで2008年に行われた『(生)林檎博 '08 ~10周年記念祭~』で、包丁でリンゴを切りながらこの曲を歌ったことを思い出した。伊澤一葉(Key)のしっとりしたピアノとともに、ステージに横たわり抑制を効かせながらドラマチックに歌った「命の帳」(東京事変)、一転して複雑なアレンジをストリングスで増幅させた「TOKYO」を歌い終わると椎名は奈落へと姿を消した。
「さらば純情」では歌声だけが聴こえていたかと思いきや、海中めいた映像が流れ、大きな貝の中に横たわる椎名が見えた。まるで中世絵画の『ヴィーナスの誕生』のよう。続く「おとなの掟」(Doughnuts Hole)はテレビドラマ『カルテット』(TBS系)に提供されたものだが、その流れを汲んで弦カルテットを生かした『逆輸入~航空局~』バージョンに。
終わると黒猫堂の新若旦那によるナレーションが入る。「母は作曲について考えるのはいまだに面白いようです。かたや作詞している時は実に苦しそう。書くべき題材はいつもはっきり決まっており、その分一言も間違えたくなくて、ナーバスになるのでしょうか。ぼくの姉が母のおなかにいる頃、母はある昔のヒット曲の歌詞にいたく感じ入り、続きのはなしを書いています」との説明を受けて始まったのはREBECCAの「MOON」。娘の成長を見守る母を歌った曲だ。曲の半ばで貝の中から立ち上がった姿は下半身がラメのドレスでマーメイド風。次いで歌った「ありきたりな女」が、「MOON」にインスパイアされた曲ということだろう。さらに「おとなの掟」のカルテットの一人だった松たか子が『アダムとイブの林檎』でカバーしたこととも繋がり、椎名の思考回路が垣間見えたようにも感じた。
再び奈落に椎名が消えるとスクリーンには「生者の行進」を歌うドレッドヘアのAIの顔がアップで映され、椎名はレオパード柄のレオタードに黒のニーハイブーツで登場。サングラスに金髪ボブと相まって迫力満点だ。そして伊澤一葉(Key)のピアノトリオ・あっぱ名義の曲をフルオケで大胆リメイクした「芒に月」。歌いながらダンスユニット SISの手を借りパンツスーツに生着替え。走りやすいようにフラットシューズに履き替えて、3人でキャリーケースを持ちながらオーケストラピット前の花道ではキレキレのチャールストンを見せた。そんなアクティブな曲を朝川朋之のハープが一転させた「人間として」。不確かな正義について思考するこの曲は『放生会』の中でも最重要ではないかと思う。それをオーケストラとともに感情を込めてドラマチックに歌う姿は凛としていた。