森山良子×大江千里、双方の人生が深く刻まれた珠玉の一枚 “日本”のジャズアルバムができるまで
今年デビュー58年目を迎えた森山良子が「子供の頃からの夢だった」ジャズシンガーとして、ジャズのオリジナルアルバム『Life is Beautiful』を12月18日に発売する。作詞・曲・アレンジ、プロデュースを手がけたのはジャズピアニスト・大江千里。オープニングナンバーの『MORIYAMA』から、森山の人生を辿るような日本語歌詞とメロディを大江が紡ぎ、人生を楽しみながら前に進む森山の歌を彩るアレンジを作りあげ、世界にひとつだけの森山ジャズができあがった。
この優しく愉快で軽やかな日本語のジャズアルバムは、聴く人全ての人生を肯定してくれる。そんなアルバムについて森山と大江にインタビューし、ニューヨークでのジャズボーカルのレッスンやレコーディングの様子と共に、どんな思いでこのアルバムを作り上げたのかを聞かせてもらった。(田中久勝)
森山良子×大江千里の名コンビが生まれた背景
ーー今回の作品は、いつ頃から構想があったのでしょうか?
大江:良子さんとは以前から交流があったのですが、10年位前からいつか良子さんのジャズアルバムを作りたい! って色々な人にアイデアを話していました。でもなかなか伝わらないまま時が過ぎていって、そんな時、一年半くらい前にラジオで良子さんと共演させていただく機会に恵まれて。これはアクションを起こさなければと思い、ちょっといいワインを差し入れに持ってスタジオに行きました(笑)。ラジオで喋りながらそれを一緒に飲んで、二人とも気持ちよくなったところで「もし日本語のジャズやりたいなと思ったときは、僕に声をかけてください」とお話をさせていただきました。そうしたら良子さんが「この後一緒に打ち上げしない?」って誘ってくださって。
森山:そうでしたね(笑)。みんなで飲んで、その後うちの家族が焼肉を食べているところに合流して、もう1軒行こうとなってそこで千里さんの大ファンのうちの娘も合流して、とても楽しい夜でした。
大江:ラジオも面白い番組になって、僕も良子さんに告白ができて、もう思い残すことはないし、ご縁があればできるかもしれないと思って帰ろうとしたら声をかけてくださって。
森山:私は小さいときからジャズシンガーになるのが夢で、もちろん今の活動は自分にとって有意義で楽しいけど、やっぱりジャズシンガーというのは叶わぬ夢なのかなって思っている時に、千里さんと熱い会話のセッションができました。
大江:日本語歌詞のジャズをやるからこそ「ニューヨークにジャズ留学しませんか?」と提案させていただきました。それで僕はニューヨークに帰って、しばらく経ったある日良子さんから「ジャズのミニアルバムを作りたい」というメールが届きました。日本に帰ったとき、早速良子さんを始めみなさんと打合せをして、そのときの良子さんとの会話も全部メモして、そこから始まりました。
ーーそれがアルバム一曲目の「MORIYAMA」を始めとして、どの曲の歌詞も森山さんのこれまでの人生やご本人のことが歌詞として昇華されています。
大江:良子さんと会話はどんな言葉、小さな出来事も全部書き留めて、例えば20歳の時に友達とルート66を旅をした時のお話も「Oshaberi Bossa Nova」という曲になったり、とにかくもらった言葉、感銘を受けたお話を全部音楽にしました。
森山:もっといい言葉を言っておけばよかった(笑)。千里さんから「ニューヨークにジャズ留学しませんか」と誘っていただき、「ニューヨークにパッと来てバッと作るのではなく、1〜2年かけて作りませんか」と提案していただきました。とても素敵なお話だなと思い、まずは昨年11月末頃から、お仕事の都合もあるので2週間のペースで3~4回ニューヨークやブルックリンに通い、ジャズのレッスンを受けました。最初はスタッフも一緒に行きましたが、お金もかかるので(笑)、2回目からは一人で行くようになりました。
ーーこのキャリアで、夢を叶えるためにニューヨークにレッスンに通うというその姿勢に感動しました。
森山:もうとにかくジャズを歌いたいという一心でした。あともう何年歌えるかわからないし、小さいときからずっとジャズシンガーになりたいって言ってきたのに、気がつくとずっと同じようなタイプの曲を求められてきました。もちろんコンサートも含めて今のお仕事は楽しんでやっていますが、そこから一歩外に出て、チャレンジしてみなければ!と思いました。今回のようにニューヨークに行って、色々な先生方からレクチャーを伺うということも、年齢的にも最後かもしれないと思うと、いても立ってもいられませんでした。練習しながら、千里さんが書いてくれた曲を覚えながら、新しい声の出し方やそのニュアンス、リズムの取り方を日々学んで、「私って何も知らなかったんだな」って改めて感じました。
ーー千里さんのアルバムにも参加しているローレン・キーハンや、マンハッタン・ジャズ・トランスファーのジャニス・シーゲルという錚々たるシンガーからレッスンを受けたそうですね。
森山:そうなんです。ジャニス・シーゲルさんは、私の父がジャズトランペット奏者だったことも知っていて「トランペットやサックスの音をよく聴いて、学んでいけば大丈夫よ」と言ってくれました。彼女の歌声を聴きながらレッスンを受けられるなんて贅沢でした。ローレン・キーハンさんは、シンガー同士のリスペクトを感じてとても共感しあって、一番長くレッスンを受けました。
大江:僕もそのレッスンを見学に行こうと思ったらローレンが「千里は来るな」って(笑)。「良子とジャズ好きのガールズ同士でキャッチボールしたいの」って言われました。でも僕はもしそのレッスンで、良子さんがニューヨークを嫌いになって二度と来たくないって思ったらどうしようって心配で心配で……。
森山:まさかまさか(笑)。アルバムの曲も何曲かできあがっていて、日本語の歌詞なので彼女にとっては難しかったかもしれないけど、「ここはもう少しこうやって歌った方がいいんじゃない?」ってアドバイスをもらいました。途中から二人でアドリブを入れながらセッションをやって、それがすごく楽しくて最後は二人で抱き合っていました。日本ではなかなか得られないような楽しさや喜びを体験できて、彼女には感謝しています。