連載「lit!」第130回:YouTube世代スターの台頭、歴史や伝統への意識、「We」の持つ力……2024年グローバルポップの動向を総括
グローバルポップの1年間の動向をまとめるというのは相変わらず困難だが、北米メインストリームに限って言えばここまでビッグネームのリリースが相次いだのは久しぶりだったのではないだろうか。ただ、全てに触れることはできないため、まずは筆者が何人かのアーティストへの取材を通して得たある実感から話を広げていこうと思う。
今年行なった複数のインタビューを通して最も印象的だったのは、「YouTubeに小さい頃から自分が歌ってる動画を上げていて……」という発言が20代前半のアーティストの何人かから上がったことだった。
2005年の創業からまだ20年も経過していないYouTubeは今や最も情報量の蓄積されたメディアであり、社会インフラと言っても過言ではない巨大サービスだ。当初は手の込んでいないアマチュアコンテンツがメインで、必然的に著作権侵害も蔓延る「怪しげなインターネットの動画共有サイト」といった様相だったが、2010年代には完全にラジオやMTVに代わる数多くの才能やスーパースターを次々と輩出する「プラットフォーム」となった。
YouTubeによるメディア環境の急速な変容が起こった2010年代は、例えば1999年生まれ(現在25歳)にとっては10代の時期に重なる。すると、冒頭の発言が20代前半のアーティストから発せられるようになったのも納得がいく。
2024年世界で最も聴かれた楽曲「Espresso」で旋風を巻き起こし、今年のポップミュージック界の顔となった1999年生まれのサブリナ・カーペンターも、10歳頃からテイラー・スウィフトやアデルのカバー動画を熱心にYouTubeに投稿していた一人だ(※1)。
「Espresso」のサウンドやビジュアルにはレトロなイメージが散りばめられている。カーペンターの(ちょっと露悪的なほど)フェミニンなメイクやファッションは50〜60年代のピンナップガールやハリウッド映画のパロディのようでもあるし、『The Tonight Show』での煌びやかなステージの雰囲気は1960年代のモータウンのアーティストたちを思わせる。
ただ、それはラナ・デル・レイのように文化的意図が張り巡らされた儚いノスタルジアでもなければ、ブルーノ・マーズがやってきたような特定の文脈に根差した歴史的な引用でもなさそうだ。「ディズニーチャンネル発のポップスター」という出自はブリトニー・スピアーズ、クリスティーナ・アギレラ、マイリー・サイラスなどが歩んできた伝統的なルートだが、カーペンター自身の表現において重視されたのは伝統や歴史ではなく、そこには個人的で(だからこそ共感を呼ぶ)赤裸々で誠実で人懐っこい歌詞と抜群の歌唱力だった。
言ってしまえば、「Espresso」に付随するレトロなイメージは、楽曲と本人のユーモラスな魅力を高めるための表面的な装飾に過ぎない。その「戦略的な軽やかさ」とでも言うような方針が功を奏したのが「Espresso」現象だったのではないか。〈That's that me espresso〉という文法(つまりは歴史や伝統)的に正しくないキラーフレーズを炸裂させたり、歌詞に性的なニュアンスを分かりやすく込めたり、カーペンターはそういったユーモアセンスをレトロなサウンドとビジュアルのもとに統一した。こうした焦点の定まった明確なコンセプトによって、見事トップスターとしての地位を射止めた。
今年のカーペンターと並んで注目したいのがシンガーソングライターのチャペル・ローンだ。ローンは主にフェスへの出演で大きな話題を呼び、シーンの主役となった。今年のリリースは「Good Luck, Babe!」の1曲のみだが、YouTubeでも2週連続で中継される『Coachella Valley Music and Arts Festival』の場で多くの人々にインパクトを残すことに成功し、人気に一気に火が付いた。ローンはレズビアンであることを公言しており、クィアコミュニティからの支持も絶大だが、その枠をもはるかに飛び越えた急激な人気の上昇は本人も戸惑うほどのものだった(※2)。一見してわかる強烈なイメージにキャッチーなポップソング、そして優れた歌唱力と自信と情熱を兼ね備えたローンは、初期のレディー・ガガを彷彿とさせる。確かにそのパフォーマンスは画面越しに見ても引き込まれるものだ。
ローンもカーペンターと同様レトロなイメージを用いるが、それは「チャペル・ローン」というドラァグクイーンの伝統に基づいたアーティスティックな別人格を作り上げることに関連している。年齢も近く互いに近況を報告し合う仲だという両者は、レトロな要素を巧みに取り入れながら、ノスタルジアに陥らない現代的な感覚とオリジナリティを持つ点で共通していると言えるだろう。
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クレイロの『Charm』もレトロなムードを巧みに取り入れたプロジェクトとしても聴き逃せない。
聴く者に穏やかな気持ちをもたらす柔らかな音像と、夢幻的なボーカル。『Charm』はプロデューサーのレオン・ミッチェルズとのコラボレーションにより、その表現が一層洗練された傑作である。クレイロの表現とミッチェルズのアナログ技術へのこだわりが見事に融合し、アルバムは彼女のキャリアの中で最高のセールスを記録した(全米初登場8位)。
YouTubeでのバイラルヒットをきっかけに世に知られることとなったクレイロだが、「音楽自体が自身を語るべき」という信念のもと、トップアーティストとしては珍しくミュージックビデオの公開に消極的だった。ポップスター級の人気を持つインディーアーティストとして唯一無二の個性を保ち続けてきたクレイロを、カーペンターやローンと同時代に活動するアーティストとして捉えると、今のポップシーンの多様性がまた違ったアングルから見えてくるだろう。
歴史や伝統への視座に焦点を当てると、ビヨンセの“ルネサンスプロジェクト”の第2幕にあたるアルバム『Cowboy Carter』における、カントリー音楽の「田舎の白人男性」という固定観念を解体する試みは象徴的だった。昨年は白人男性によるカントリーが全米チャートを独走し続けた一年だったが、ビヨンセはゴスペルやブルースといった他の音楽ジャンルと相互に影響し合いながら形成されたカントリーのアメリカ音楽としての側面を再考し、これまで見過ごされがちだった黒人コミュニティの貢献に光を当てた。それは単なる音楽作品ではなく、文化的な宣言であった。
南アフリカのタイラのデビューアルバム『TYLA』も歴史や伝統に意識的な今年のポップ作品のひとつだ。タイラは南アフリカ発祥のアマピアノにR&Bやポップスの形式を取り入れることで世界的なポップスターとしての成功を収めた。自身のルーツに根ざした表現を貫くことに強いこだわりを持って制作が進められたことが本人の発言(※3)からも、そのサウンドからもひしひしと伝わってくる。
ビヨンセは作品に直接的な社会政治的メッセージを込めたのに対し、タイラは自国の音楽スタイルの国際的認知を目指した。両者とその方法と目的には違いもあるが、どちらもジャンルの文化的な姿を正確に伝えるという根本的なビジョンは通底していると言える。