クラウドナイン代表取締役社長・千木良卓也が振り返る2024年 「いちばん避けたいのは後悔すること」J-POPの海外確立を見据えて
Adoによる14万人以上を動員した国立競技場2DAYSワンマンをはじめ、ファントムシータのデビュー、平手友梨奈の所属など、2024年も方々から注目を集めた事務所 クラウドナイン。今年設立5周年という短期間で急成長を遂げた、まさに音楽シーンにおける“新興勢力”と言える事務所のひとつだろう。
リアルサウンドでは、同事務所の代表取締役社長である千木良卓也氏へインタビュー。美容業界から音楽業界へと転身し、GReeeeNのマネージャーを務めたというクラウドナインの設立前夜のキャリアをはじめ、Adoの国内外での活動や平手友梨奈の所属といった2024年のトピックの振り返り、そして千木良氏が考えるマネジメントの在り方などを語ってもらった。(編集部)
30歳で音楽業界へ飛び込み、GReeeeNのマネージャーに
ーーまずは、クラウドナイン設立までのキャリアを教えてください。
千木良卓也(以下、千木良):22歳で大学を卒業してから、美容室やネイルサロンなどに美容系の商材を販売する会社に入社して、そこで6年くらい働いていました。28歳の頃に独立してエステサロンや岩盤浴などの店舗経営をスタートしたんですけど、1年くらいでそれも辞めて、30歳の頃はニートだったんですよ。「仕事がない、死ぬかも」「30歳になっちゃったぞ、ヤバい、どうしよう」と考えていた時に、当時GReeeeN(現:GRe4N BOYZ)のマネージャーをしていた人から連絡があって、彼らが所属していた事務所で働くようになりました。
ーー30歳から音楽業界で働き始めたんですね。
千木良:GReeeeNのマネージャーとして4年間くらい勤めて、2018年にそこを辞めたあとは夢みるアドレセンスというアイドルグループのプロデューサーの方に誘われて、彼女たちのアシスタントプロデューサーをやることになったんです。その仕事をやりながら、美容か、音楽業界で起業するか、悩んだ末に作った会社がクラウドナインです。
ーー音楽業界で起業を決めた要因はなんだったんですか?
千木良:GReeeeNをマネジメントしていた時、ちょうど彼らが10周年を迎えたタイミングで、さいたまスーパーアリーナでライブがあったんですよ。私、そのライブで、彼らはもちろん、ファンやスタッフの姿を見て号泣して。仕事で泣くことも初めてでしたし、もしかしたら10年以上泣いてなかったなと思うくらい感動したんです。そういうプラスの理由で泣ける仕事って、当時は音楽、芸能の仕事以外で思い浮かばなかったんですよね。「独立して、自分の事務所のアーティストで、さいたまスーパーアリーナに行きたい」という思いがあったので音楽業界に残りました。
ーーGReeeeNのステージが原点にはある、と。
千木良:GReeeeNの仕事で教わったことは大きいです。あと、4年間ずっと彼らの曲を通して「人への感謝」や「諦めない気持ち」というメッセージを聴いていたので、私自身が「やればできる!」みたいなマインドになっていたのもあります(笑)。GReeeeNを聴き続けたら、できる気がしちゃったんです。
ーー2019年の設立から5周年を迎えました。アーティストやクリエイターの所属数も増えて、事務所としてのカラーも見えてきたのではないかと思いますが、千木良さんはクラウドナインの特性をどのようにとらえていますか?
千木良:私自身、全然意識はしていなかったんですけど、平手友梨奈が入ったタイミングで、まわりの方々から「平手さんはクラウドナインっぽいね」と言われたんです。そこで初めて“らしさ”みたいなものがあるんだと思いました。
ーー歌い手や絵師、ボカロPとインターネットの文化と親和性のある方が増えているなという印象もあります。
千木良:それは時期によるところもあると思います。2019年の2月に創業して、その年の12月から新型コロナウイルス(当時は武漢ウイルス)が流行したことでライブを観ることも、することもできなくなりました。「狙ってそうした」というよりは、「そうせざるを得なかった」に近いですね。
――コロナ禍がなかったら、また違ったアーティストのラインナップだったかもしれませんね。
千木良:違ったと思います。最初に所属したアーティストが7人いて、GReeeeNでの経験から私はシンガーソングライターのほうが理解しやすかったこともあり、そのうち6人がシンガーソングライターで、1人がAdoだったんです。結果的にAdoが最初ブレイクしました。そこから所属するアーティストも切り替わって、続いて所属したのがイラストレーター、ボカロP、ボカロエンジニア……というふうに広がっていきました。
ーー世代としてもYouTubeやXといったプラットフォームに親近感のある、ネットネイティブな方も複数いらっしゃると思います。そういった性質がマネジメントに影響を与えることもありますか?
千木良:私としては「得意な人が得意なことをやる」というスタンスで。たとえば、Adoはプライベートも含めて小さい頃からインターネットに触れてきているので、ニコニコ動画については私より詳しいですし、XもAdo自身が運用しています。最初の頃は投稿内容について仕事上のアドバイスをすることもありましたが、今は本人も理解していますし、チェックはしていますが、基本的にはすべて本人に任せています。TikTokは彼女自身が触れてきてはいないので、スタッフが運用していますね。ただ、逆のパターンもあって、平手はSNSをやったことがないんですよ。そういう子は、私たちスタッフがSNSを手伝っています。だから、ネットに強い/弱いに年代は関係ないと思いますね。私たちは事務所としてアーティストができないことをやるだけなので、音楽以外の部分の得意/不得意はまったく気になりません。
世界における日本の音楽の立ち位置と危機感「戦う土俵を意識しなければいけない」
ーーAdoさんは今年の4月に国立競技場でワンマンライブを開催し、そこから国内ツアーやイベントへの出演と精力的にライブを行ってきました。アーティストとしても自身作詞作曲の楽曲「初夏」を初披露するなど、新しいフェーズに入ってきている印象もあります。千木良さんから見て、彼女の2024年をどのように振り返りますか?
千木良:今年は国立競技場でライブをして、自作のオリジナルソングも出し、アイドルグループ・ファントムシータのプロデュースも始めました。2024年は彼女にとって挑戦の年だったように思います。
ーー今年行ったワールドツアーの手応え、千木良さん自身が現地で感じたことについて教えてください。
千木良:ひとつは、日本から見えている景色と海外から見えている景色は違うということ。日本のアーティストが世界ツアーをまわっているという話はたびたび聞きますが、まだ土俵にすら立っていないかもしれない、というのが正直な感覚です。極論を言ってしまえば、地方出身のアーティストが東京の端っこの50人くらいのキャパシティのライブハウスをいくつかまわって、「東京進出しました!」と言っているような気分に近いというか。日本から見ているグローバルにおける自国の音楽の位置付けと、現地でのリアルな日本の音楽の位置付けにはギャップがあると思いました。
あと、アニメに頼ってばかりではいられないというのは感じましたね。たとえば、世界的に見て音楽やスポーツといった王道のエンタメの規模と比べると、アニメはまだマニアックなエンタメなんです。とはいえ、グローバルにおける日本の音楽のシェアの規模に比べると、日本のアニメのシェアはとても大きいので、そこに乗ることで通常以上の成果が出ます。ただ、本来音楽が持っている市場規模を考えると、アニメは現時点では天井がとても低いんです。そんななかでアニメありきで戦っていくこと、“日本の音楽=アニメ”というイメージになっていくことに危機感を覚えましたし、戦う土俵を意識しなければいけないとより思いました。
ーー危機感について、もう少し詳しく聞きたいです。
千木良:私の肌感覚ではありますが、あと3、4年以内に勝負をかける必要があると感じています。今、海外の人が主に認識しているアジアの音楽はK-POPだと思うのですが、そこに追随するようにインドネシア、マレーシア、タイの音楽市場が大きく伸びてきているんですよね。この3カ国の音楽はK-POPに少しインスパイアされているところがあって、仮に数年でいずれかの国の音楽が海外に届いたとすると、おおもとのK-POPテイストの音楽が“アジアポップ”という認識に変化すると思います。そのアジアポップが確立されたとすると、我々が作っているJ-POPはアジアポップのなかのニッチな音楽になってしまう可能性がある。あくまで仮定の話ではあるけれど、そうなる前にJ-POPをグローバルのなかで確立しなければならないなと思います。
ーーAdoさんの来年の大規模ワールドツアーの裏テーマには、J-POPをより広く知ってもらうという意味もありそうですね。
千木良:そうですね。でも、彼女と私のなかでワールドツアーを行う理由は異なっています。私は使命感というか、Adoという存在をマネジメントしているからには、やらなければならないという気持ちが強い。今の日本の音楽シーンを見渡した時に、グローバルの土俵で勝負ができて、3、4年以内に全盛期を迎えられるソロアーティストは、今のところAdoしかいないと思っていて。もし、日本のアーティストでグラミーのメインの賞に引っかかることができるとしたら、彼女だけだと信じているんです。J-POPへの危機感も相まって、「やりたい」というよりは「やらなくては」という意識が強くなってきています。Adoは自分を世界に届けたいではなく、J-POPやボカロ業界を世界に届けたいという意思で動いているので、それも手伝いたいですしね。
ーー過去の取材でも“日本語”であることを強く意識していると話していましたが、その理由がよりわかりました。
千木良:日本において『冬のソナタ』やBTSが社会現象になって韓国語を習う人が増えたように、音楽を含むエンタメが日本語を世界に広められる可能性のある仕事だと思っています。一発で、ほかの国の人たちにその言語を喋らせられるのがエンタメなので。