米津玄師のKing Gnuカバーがそっくりすぎる 生成AIで揺れる“歌わせてみた”文化の是非

“AI歌わせてみた”の歴史

 昨今様々な創作分野において議論を呼んでいるAI(人工知能)。機械の手によってクリエイティブの可能性が広がることは喜ばしい反面、従来の規則では制御できない問題点も新たに浮き彫りとなり、人間と機械の共存は今まさに分水嶺を迎えていると言える。直近ではユーザーの指示に従って自動で文章生成を行うChatGPTや、AI学習によってイラストを描くAI絵師の存在なども論題となっているが、音楽においてもAIと人間の共存問題は決して他人事ではない。

 今年の様々な音楽トピックを振り返る中で、おさえておくべき事柄のひとつに「生成AIによる著名アーティストの“歌わせてみた”動画”」がある。AIに特定のシンガーの歌声を学習させ、そのデータを活用し既存の別アーティストの曲を歌わせた動画を作る。これは現在、主にTikTokを拠点として「AIカバー」等の名称で広がるコンテンツである。

 米津玄師にKing Gnuの曲を歌わせてみた、スピッツ・草野マサムネにback numberの曲を歌わせてみた、さらに『呪術廻戦』『ブルーロック』といった人気アニメのキャラクターにカバー歌唱させる、など。音楽好きにとってはある種の夢や理想が叶う、歌声や癖まで高水準でオリジナルに寄せることができるものゆえに、中には数万を超える“いいね”を獲得する動画も存在する。また、生成AIによる歌唱アプリも多数生み出されており、専門的な知識やスキルがなくても誰でも簡単にできる状況だ。さらにこのムーブメントは日本のみに留まるものでなく、海外でも著名アーティストの生成AI曲が今年たびたび話題になってきた。ドレイクとザ・ウィークエンドの声を無断使用した楽曲「Heart On My Sleeve」や、ブルーノ・マーズの声を生成AIに学習させてNewJeansの「Hype Boy」を歌唱させた事例などが、特に大勢に知られるものだろう。

 大前提としてコンテンツの法的な是非を問うならば、現時点では限りなく黒に近いグレーとなる。現行の著作権法ではこれらを完全な黒とは言い切れず、その点も人間と機械の共存の難しさが表れていると言っていい。

 一方で興味深いのは、このAIカバーの潮流に結びつくコンテンツや創作活動は、実はここ数年で醸成されたカルチャーではない点だ。先述のとおり法的な扱いの難しさがある前提で、今回はこの「AIカバー」についての発祥や歴史を少しだけ紐解いてみよう。

 まずこのAIカバーを広義に捉えると、要は「機械を活用し既存曲を歌わせる」コンテンツとなる。使用AIを「歌を歌う機械」と表現を変えると、現在大衆的にもある程度認知の広まった別コンテンツを想起する人も多いだろう。VOCALOIDを始めとした音声合成ソフトである。

 “歌わせてみた”という言い回しからも、おそらくAIカバーの原点はボカロ等の音声合成ソフトによる既存曲歌唱作品と考えていい。実際、初音ミクを筆頭としたVOCALOIDが登場した2007年頃の黎明期から現在に至るまで、オリジナル曲のみならず既存曲をボカロに歌唱させるカバー動画も日々各動画サイトへ投稿され続けている。

 重ねて今回の論題である「著名人の声をもとにした機械」に関しても、音声合成ソフトの世界では2000年代にすでに登場していた。そのはしりは2008年リリースの、歌手・GACKTの声を元にした「がくっぽいど」。加えてGUMIこと「Megpoid」も、リリースの2009年前後にアニメ『マクロスF』ランカ・リー役として絶大な人気を得た声優・中島愛の声を元にしたソフトとなる。

 直近でも花譜の歌声をもととした「音楽的同位体 可不(KAFU) 」を筆頭とする、KAMITSUBAKI STUDIO所属のバーチャルシンガーたちの声を起用したCeVIO AI・音楽的同位体シリーズ。あるいはAI歌唱エンジン「VoiSona」からはゴールデンボンバー・鬼龍院翔の歌声をAI学習した「機流音」や、SILENT SIREN・すぅの歌声を学習した「AiSuu」がリリースされており、こういった公式的に流通する「著名人の声をもとにした機械」の存在も留意しておくべきだろう。

 一方でAIカバーのように法的な扱いがグレーなコンテンツも、音声合成ソフトの登場・認知拡大と共にインターネットの片隅でひっそりと走り続けていた。それがいわゆる「人力VOCALOID」と呼ばれるものである(有志によりデータ提供がされていた音声ライブラリ・UTAUも近似文化として存在するが、一旦本稿では割愛する)。

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