由薫、バンドで鳴らした歓びのポップミュージック 極上のアンサンブルを届けた『Wild Nights』ツアー

由薫、『Wild Nights』ツアーレポ

 「音楽を通じて人とつながりたい」というベーシックな姿勢があるからこそ、海外と日本国内を往来するオリジナルな音楽性に説得力が生まれるのだな――と、由薫のステージを観て確信した。本稿では最新EP『Wild Nights』を軸にした東名阪ツアー『YU-KA Tour 2025 “Wild Nights”』ファイナルとなった4月17日の恵比寿LIQUIDROOM公演をレポートする。

由薫(撮影=南部恭平)

 男女比も世代も混ざったオーディエンスが期待を込めて開演を待つなか、深いブルーの照明が灯るステージに雷鳴がコラージュされたSEが流れ、EPの着想を得たエミリー・ディキンソンの詩『Wild nights』が翻訳で語られ、同時に英語がSEで重なる。EPのテーマであり、今回のライブに一貫したトーンを与えるドラマチックなオーバーチュアである。

 スターターはEPから幻想的なフォークロアを醸す「Dive Alive」。スウェーデンのクリエーターとコライトした楽曲群で新しい境地に踏み込んだ『Wild Nights』の作風を辣腕ミュージシャン――小川翔(Gt)、熊代崇人(Ba)、岡田基(Key)、伊吹文裕(Dr)が立体的なライブアレンジで立ち上げる。その完成度の高さが甘さとストイックさを兼ね備えた由薫のボーカルを際立たせた。続く「Sunshade」はSF的なイントロ、ヘヴィロックやポストロックに通じる迫真のサビに圧倒され、続く「Silent Parade」もライブアレンジで奥行きを増した音像で、彼女が「失いたくない」と願った聴き手との関係性が切実に歌われる。過不足なく緻密にアレンジされた生音と出過ぎないSE、それらをコントロールするライブPA。すべての息がぴったり合い、ステージ芸術としてのレベルの高さに感銘を受けた。長く大きな拍手は、演奏に対する純粋な歓びと驚きだった。

由薫(撮影=南部恭平)

 次のセクションはエレクトリックピアノとリムショットが際立つ、タイトなアレンジが由薫のアンニュイさを含む声を明快に聴かせる「Fish」。〈あなたなら食べられてもいいわ/刺身にでもしてとって食って」と、ぎょっとするような歌詞表現も、英米文学育ちの彼女らしい。さらに〈あなたにキスしたら/泡になれるかな〉〈今海の底へ〉と、愛の表現を人魚の体感になぞらえる「Mermaid」が、この上なくアトモスフェリックな音像で楽しめるのも嬉しい。そこから、都市の夜を独り占めするふたりの若い奔放さを伝える「ミッドナイトダンス」へ。音源よりグッと肉感のある小川の泣きのギターソロが、高まる感情を掻き立ててくれた。

 「ミュージシャンなら立ちたいと思うLIQUIDROOMに、今立ってます」と、歓びを表す由薫。一年のあいだでも不安と期待が入り交じる忙しい時期の、しかも平日の夜に集まったオーディエンスに感謝を述べて、忙しない日々を過ごすあらゆる人に向けて「勿忘草」が贈られる。ピアノと歌のシンプルさが、大事なことを忘れそうな日々に寄り添う。歌の解像度を上げ、スローな「星月夜」がライブならではの求心力で、ただ優しいだけでなく強く心に響いた。立ち尽くして歌ういい緊張感から開放されると、あらためてバンドメンバー=“ワイルドイケメンズ”(由薫の『Wild Nights』のイケてるメンバー)を紹介。彼女がパジャマパーティーを意識したチェックの衣装を着たことから、全員にチェックシャツ着用を懇願したのだという。丁寧で思慮深い部分と何でも面白がる部分のバランスがすごくいい。

由薫(撮影=南部恭平)

 カントリー時代のテイラー・スウィフトを思い出させる「Clouds」、一転して洗練されたファンクチューン「Rouge」ではフロアに向かって「Singin’!」と煽り、「ラララ」のシンガロングを巻き起こす。ハンドマイクでアクティブにステージを動き回る由薫のフロントマンっぷりも頼もしく、ライブならではの熱気は伊吹のドラムソロに始まり、それに贈られる声援がさらにフロアのグルーヴを加速させて、ベース、キーボード、ギターのソロへとつないだ。さすが八面六臂のプレイヤー陣だけあって、ソロプレイに向けられる声援も大きい。ライブバンド感が高まったところでのポップパンクな「1-2-3」が盛り上がらないはずもなく、由薫自身もエレキギターをストロークし、この日最も痛快なアンサンブルを聴かせた。縦横無尽にジャンルを駆け、ポップミュージック全方位で楽しませるタフさを見せた。

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