“平成ネット文化”と“アニクラ”が時を経て大衆化 オタク的嗜好から生まれる最近のヒット曲

 VOCALOIDによる楽曲やVTuberの楽曲、歌い手・ボカロP出身シンガーの躍進など。今や邦楽シーンにおいて、ネット発カルチャーをバックボーンとするアーティストや楽曲の存在は、けっして無視できない存在となった。テレビやラジオといった公共電波で触れる機会こそ未だ限られるものの、SNSの反響や動画サイトの再生数、様々なチャートの結果を見れば影響力の大きさは一目瞭然。特に2023年は、そういったネットカルチャーを発端とするややドープなシーンから、突出した存在感を放つ曲がブームを席巻する一幕を度々目にした人も多いだろう。

Yukopi - 強風オールバック (feat.歌愛ユキ)

 具体的な一例を挙げると、投稿から約7カ月という短期間でYouTube再生数6900万回(10月27日現在)を記録するボカロP・ゆこぴの「強風オールバック」。また宝鐘マリンの「美少女無罪♡パイレーツ」は投稿わずか約39日でYouTube1000万回再生というVTuber初の偉業を達成したが、間を開けずしてしぐれういの「粛聖!! ロリ神レクイエム☆」が投稿から約18日で1000万回再生を達成し記録を塗り替え、今も怒涛の勢いで再生数を伸ばし続けている。

【オリジナル楽曲】粛聖!! ロリ神レクイエム☆ / しぐれうい(9さい)

 さらに一種のネットミームとして広がった、ゲーム『NEEDY GIRL OVERDOSE』の関連楽曲であるAiobahn feat. KOTOKO「INTERNET YAMERO」。本作も今年3月の動画投稿から10月27日現在に至るまで、YouTube再生数約2700万回という数字を記録するに至っている。

Aiobahn feat. KOTOKO - INTERNET YAMERO (Official Music Video) [Theme for NEEDY GIRL OVERDOSE]

 これらの曲がなぜ勢いのあるバズを巻き越したのか。TikTokはじめ各種SNSでの拡散力の強さは大前提として、それに加え各曲を比較すると2つの“ヒット要素”が見えてくる。今年を代表するカルチャーソングともなるであろうこれらの曲の共通要素を、今回は改めて紐解いてみよう。

 まずひとつ今回のバズ曲の特徴として挙げられる点は、ずばりネットカルチャー内における「平成要素」だ。近年ファッションや邦楽シーン全体など、カルチャー各界において熱を帯びた平成リバイバル文化。その波がネットカルチャーという局所的な場所にも着実に届き始めていることが、今年のトレンド楽曲からも見て取れる。

 平成の元号を冠した30年間は、まさしくインターネットの普及と共にあった時代だ。とはいえ、古き良き箱型のデスクトップパソコンと手元のスマートフォンを平成のネット文化と一口に括るのはあまりにも粗雑なカテゴライズになる。そのためここでのインターネットにおける「平成要素」は、文字通りネット内でカルチャー=文化が誕生し始めた00年代のコンテンツに準拠するものを指すとする。総合掲示板・2ちゃんねるの隆盛、今は亡きAdobe Flash Professionalで制作されたFlash黄金時代、その流れを汲んだプラットフォーム・ニコニコ動画の創始など。着実に成長・拡大してきたインターネット潮流のひとつとなるコンテンツに深く関わる要素が、直近のバズ曲に多数盛り込まれる点は非常に興味深い特徴のように考えられる。

 例えば特に直近も話題を集める「粛聖!! ロリ神レクイエム☆」は、MV動画そのものにわかりやすくニコニコ動画的なコメント表現が盛り込まれている。加えて本曲の制作陣に名を連ねるのは、音楽クリエイターサークル・IOSYS所属のまろんとD.watt。彼らは00年代に個人サークル「上海アリス幻樂団」制作のゲーム「東方Project」楽曲アレンジで、当時のインターネットシーンにおいて一世を風靡した存在だ。「チルノのパーフェクトさんすう教室」「魔理沙は大変なものを盗んでいきました」をはじめとする作品群は、その時代を知る多くの人々にとって馴染み深い楽曲でもあることだろう。

 さらに「INTERNET YAMERO」に関しても、TikTok等で最も有名なラストサビ後に展開されるアウトロには、インターネットスラングとして有名な「2ちゃんねる用語」が多数登場する。中には現代の掲示板では使われない“死語”も多く、まさしく当時のカルチャーを知る人間にしか通じない要素だ。「強風オールバック」に関しても、今年名実ともに生誕16年を迎えた初音ミクやボカロ文化再興の一助となった音楽的同位体・可不(KAFU)ではなく、あえて2009年発売の歌愛ユキの存在が大きくフィーチャーされた点は非常に興味深い。

 あまりにも局所的な、それでいてドープな当時のネットカルチャー要素。これらが今取り上げられる面白さに気づくのは、当時インターネットに深く触れていた人間の体感母数を考えれば、本来ごく一部の限られた人々のみのはずだった。しかしそれがここまで大きなミームやバズを巻き起こしていることを鑑みると、当時のようにインターネットに深く触れ、昔の歴史を辿っている人間が今やいかに大衆的な存在となったかを実感せざるを得ない。

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